「うちの社員、何度言っても伝わらないんですよ」。顧問先の経営者から、月に何度も同じ相談を受ける。売上目標も伝えた、行動指針も配った、朝礼でも繰り返した。それでも組織は動かない。社長は疲れ、社員は混乱する。
僕は中小企業診断士兼社外CFOとして、年商1億〜3億円規模の中小企業に関わってきた。そこで気づいたのは、伝わらない原因は「伝え方」ではなく、もっと手前にあるという事実だ。経営者自身が、自分の本心を言語化できていない。三浦崇宏氏の『言語化力』を読み返したとき、僕が現場で薄々感じていたものに、はっきりした輪郭を与えてくれた。
症状:指示が増えるほど、現場は動かなくなる
伝わらないと感じた社長の多くは、まず情報量を増やす。マニュアルを増補する。会議を増やす。チャットで補足を流す。それでも現場の動きは鈍いままだ。やがて社長は「うちの社員はレベルが低い」と口にし、社員側は「社長が何を求めているのかわからない」とこぼす。両者の溝は深まる一方だ。
この時点で社長が最初に疑うのは、たいてい採用や評価制度だ。研修会社に問い合わせ、評価シートを作り直し、外部講師を呼ぶ。投資はそれなりに膨らむ。にもかかわらず、現場は驚くほど変わらない。むしろ、社員の離職が増えることもある。
もうひとつよくあるパターンが、戦略フレームワークへの傾倒だ。SWOT、3C、4P、KPIツリー。フォーマットを埋めると一見すべてが整理されたように見える。社長は安心し、配布された幹部もそれらしくうなずく。だが、フレームワークは思考の容れ物であって、中身を生み出してくれるわけではない。空っぽの容れ物を眺めても、組織は1ミリも動かない。
表面的な症状だけ追いかけているうちは、この悪循環から抜け出せない。診断士として最初にやるのは、症状の奥にある真因を引きずり出すことだ。社長の言葉を録音して聞き返すと、ほぼ毎回、同じフレーズを違う角度から繰り返している。同じことを言い続けているということは、本人も腹の底では納得していないサインだ。
真因:社長の頭の中の「本心」が、まだ言葉になっていない
三浦氏は本書の冒頭で、こう書いている。「言葉は『変化』をつくることができる」。組織を変える起点が言葉にあると言い切るこの前提は、僕の現場感覚と完全に一致する。言葉にならないものは、人を動かす力を持たない。
多くの社長は、頭の中で売上目標、組織像、商品の意味、社員に望む姿を漠然と思い描いている。だが、それを「自分のスタンス・本質・感情・整えた言葉」の順で取り出せていない。本書が示す言語化の段取りは、0スタンスを決める、1本質をつかむ、2感情を見つめる、3言葉を整える、というものだ。
この4段のうち、ほとんどの社長は3だけをやろうとする。表現テクニックでなんとかしようとする。しかし、土台のスタンスと本質と感情が抜けたままの言葉は、どれだけ整えても薄い。社員の腹には落ちない。腹に落ちないから、行動に変換されない。これが「指示が伝わらない」の正体だ。
もうひとつ厄介なのは、社長本人が「自分の本心はこうだ」と思い込んでいるケースだ。実は別の動機で動いている。本人さえ気づいていない本心を、社外の人間が問いかけ続けて引き出す。僕の仕事の半分は、ここにある。
三浦氏が本書で繰り返し示すのは、数字ではなく言葉が経営を駆動するという視点だ。前年同月比の数字だけを掲げても、現場は数字を積み上げる作業に追われるだけで疲弊していく。同じ数字でも、その先に「自分たちは何を変えたいのか」という言葉が添えられた瞬間、現場の景色は変わる。診断士として企業に入るたび、僕はこの構造を目撃してきた。中小企業ほど、この一文を整えるかどうかで景色が変わる。
処方箋:本心を取り出す3つの問いを、社外の人と一緒に通す
『言語化力』の段取りを、僕は中小企業の現場用に組み替えて使っている。具体的には、次の3つの問いを社外の人間(顧問の診断士や社外CFO、信頼できる経営者仲間でもいい)と対話形式で通すことだ。一人で考えても、思考は同じところをぐるぐる回るだけで進まない。
第一の問いは「絶対に曲げたくない価値観は何か」。本書も「自分が絶対曲げたくない価値観は、どんなものですか?」と問いかける。社員数、売上規模、業種を超えて変わらない、自分の中の核を取り出す問いだ。
第二の問いは「その価値観に照らしたとき、今の事業のどこが歪んでいるか」。本質をつかむ作業だ。固有名詞や時系列を外し、行為と現象と関係性だけを抜き出す。社長個人の感情を一度脇に置き、構造として捉え直す。
第三の問いは「その歪みを直したとき、自分は何を感じるか」。ここで初めて感情を入れる。安心するのか、誇らしいのか、怖いのか。腑に落ちる答えが出るまで、何度も「なぜそう感じるか」を繰り返す。
3つの問いを通すと、社長の口から、本人がそれまで口にしたことのない言葉が出てくる。その言葉こそが、社員に届く指示の核になる。
CASE:50代2代目社長の本心を、社外の人間が引き出した話
製造業を営む50代2代目の社長から相談を受けた(顧問先のひとつ。社員約20名)。「中期経営計画を作っても、幹部が動かない」。最初は計画書の内容や評価制度の話に終始した。だが何度ヒアリングを重ねても、幹部の動きは変わらなかった。
そこで、3つの問いを通した。1時間ほど対話を続け、第三の問いに差しかかったとき、社長の口から出たのは「先代の評価が今でも怖い」という一言だった。中期計画の数字も、組織図も、すべて先代と業界仲間の目を意識して作っていた。本人は「会社の未来のため」と言いながら、本心では先代に認めてほしかった。
この本心が言葉になった瞬間、社長は中期計画を一度白紙に戻す決断をした。次に出てきた計画は、先代を意識した立派な体裁ではなく、自分が本当に作りたい会社の姿で組み立てられていた。幹部に共有した日、初めて議論らしい議論が起きたという。本人は今でも「あの問い直しがなかったら、また同じ計画書を書いていた」と言う。
CASE:33歳・人材派遣会社の社長が、思い込みを外して本心に届いた話
もうひとつ。33歳の人材派遣会社の社長(社員約15名)からは「営業部隊を強化したい」という相談だった。求人を出し、営業研修にも投資した。それでも数字は伸びない。本人は「うちは営業力が弱い会社だ」と何度も口にしていた。
3つの問いを通したとき、第二の問いで本質が浮かび上がった。歪みは営業力ではなく、社長自身が「営業会社らしくふるまわなければいけない」と思い込んでいた点にあった。本来この会社の強みは、登録スタッフ一人ひとりに丁寧に向き合う運用力だった。営業ゴリ押しのカルチャーを入れたことで、強みが薄まっていた。
第三の問いで社長が出した感情は「本当は、登録スタッフに感謝されることが一番うれしい」だった。この本心を起点に、営業強化路線を取り下げ、運用品質を磨く方針に切り替えた。半年後、紹介経由の案件が増え、営業を増やさなくても売上は伸び始めた。本人は「営業力の強化」という言葉に縛られていたことに、その日まで気づいていなかった。
ADVISORY:もし「ビジョンを社員に浸透させたい」と相談が来たら
中小企業の社長から「ビジョンを浸透させたい」という相談は、僕のところに月に何度も届く。ポスターを貼る、朝礼で唱和する、社内報に載せる。施策はいくらでも提案できる。ただ、その前に必ず確認することがある。
「そのビジョンは、社長ご自身が3つの問いを通して取り出した言葉ですか」。コンサル会社のテンプレで作った言葉、業界の流行語を組み替えた言葉、社外発表用に整えた言葉。どれも社員には届かない。社員はテンプレを見抜く嗅覚を持っている。借り物の言葉で語る社長を、社員は静かに見抜き、距離を取る。離職や受け身の姿勢は、その距離の表れだ。
もし答えが「テンプレで作った」なら、施策に入る前に、まず社長と社外の人間で言語化の段取りをやり直す。半日でいい。ここを飛ばして浸透施策を打っても、投資はほぼ回収できない。順番を間違えないことだ。
逆に、3つの問いを通して取り出した言葉なら、浸透施策はシンプルでよい。立派なポスターよりも、社長自身が現場で何度も口に出して語る場を増やすほうが効く。借り物ではない言葉は、社長の表情と声のトーンに自然と現れ、社員はそこを読む。
明日の一手:本心を言葉にする30〜90日プログラム
30日以内:自分一人で「絶対に曲げたくない価値観」をノートに書き出す。10個でも20個でもいい。書いたら、その中から3つに絞る。この時点では完成度を求めない。書き出すこと自体に意味がある。
60日以内:診断士、社外CFO、税理士、経営者仲間など、利害関係が薄く正直に問い返してくれる相手と1時間の対話を設定する。3つの価値観を見せ、「この価値観に照らして、今の事業のどこが歪んでいますか」と問い直してもらう。一人では絶対に見えなかった構造が浮かび上がる。
90日以内:浮かび上がった本質と、自分の感情を3〜5行の言葉に整える。それを次の経営会議で幹部に共有する。資料は要らない。社長自身の口で、自分の言葉として話すこと。社員の反応は驚くほど変わる。会議が終わった後の雑談で、幹部の口から「あの話、もう一度詳しく聞きたい」という声が出てきたら、本心が届いた合図だ。そこから半年、一年と腰を据えて言葉を磨き直していけば、組織は確実に動き始める。
参考文献・出典
- 三浦崇宏『言語化力 言葉にできれば人生は変わる』SBクリエイティブ、2020年
著者プロフィール
枝元 宏隆(えだもと ひろたか)。中小企業診断士・社外CFO。年商立ち上げ期から3億円規模の中小企業を中心に、戦略策定・管理会計設計・組織変革を支援。本記事は顧問先での実例(個人が特定されないよう細部を加工)と、書籍からの示唆をもとに構成した。

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