「売上は前年より一割増えました。なのに、決算書を見ると利益は減っている。なぜですか」
顧問先の社長から、こうした相談を受ける月が必ずあります。僕の答えは決まって同じところから始まる。「売上ではなく、限界利益の数字を一緒に並べてみませんか」。
米澤裕一さんの『小さな会社の儲けの仕組みの教科書』は、低成長時代に中小企業が筋肉質に生き残るための原理原則を、図解と事例で淡々と積み上げた一冊。年商立ち上げから3億円規模までのオーナーが、今いちばん読むべき本だと僕は思っています。
症状:売上は増えているのに利益が痩せていく経営者の3つの典型
米澤さんは冒頭で、外部環境変化に弱い中小企業の特徴をこう挙げます。「顧客から選ばれる価値提案が充分にできていない」「特定顧客への売上依存度が高い」「現在の利益の状況を即座につかめない」。本書を貫く問題意識の出発点です。
僕が現場で出会う「売上は伸びたのに利益が残らない」社長には、3つの典型があります。
症状1:売上の数字だけを毎月追っている。月次の会議で見るのは売上、せいぜい粗利。限界利益と固定費の関係を意識しないまま、新規受注に向かって走り続ける。
症状2:競合の値下げに反射的に追随する。同業が値下げしてきたから、うちも追随しないと顧客が離れる。とっさの判断で値引きが常態化していく。
症状3:作れば作るほど安くなる、の罠にはまる。在庫を多めに持てば製造原価が下がる、という全部原価計算の数字を信じ、資金繰りが先に苦しくなる。
根っこにあるのは、米澤さんが第一章で繰り返す「利益が生まれるメカニズムへの理解不足」です。
真因:四つの方策しかないのに、最も鈍感な打ち手から手を付けてしまう
米澤さんは、利益を生み出す方策は四つしかないと言い切ります。①単価アップ、②数量アップ、③変動費率ダウン、④固定費ダウン。この四つの組み合わせ以外に利益を増やす道は存在しない、という整理です。
本書で僕が顧問先に何度も紹介しているのが、第一章の「利益感度」です。利益を二倍にするために四つの方策がそれぞれ何%動けばいいか。米澤さんの設定例(売上100、変動費30、固定費60、利益10)で計算するとこうなります。
単価アップ10%、固定費ダウン17%、数量アップ14%、変動費ダウン33%で利益が2倍。順位を並べれば、最も敏感なのは単価、最も鈍感なのは変動費。手を付けるべき順番は利益感度の高い順、つまり単価アップが最優先となります。
ところが現場では真逆のことが起きている。値引きで顧客をつなぎとめ、原価を一円でも削ることに労力を注ぎ、結果として最も敏感な単価のレバーを誰も動かさない。本書の「値引きはこんなに恐ろしい」の節は、ここを正面から突いてきます。
米澤さんの例で言えば、顧客が一割減った会社が一割値引きで対抗したら赤字に転落、元の利益に戻すために必要な顧客増は43%。中小企業の経営努力で取り返せる数字ではありません。利益感度の順位を知らないまま、最も鈍感な打ち手から始めてしまうのが真因です。
処方箋:限界利益の見える化、単価設計、不敗の財務——3段階で順番を組み直す
本書から僕が抜き出して顧問先に渡しているのは、3段階の処方箋です。
処方箋1:直接原価計算で限界利益を毎月出せる状態にする
米澤さんが第一章で強調するのは、税務申告向けの全部原価計算とは別に、社内の損益管理は直接原価計算で回すべき、という一点です。固定費と変動費を分け、売上から変動費だけを引いた限界利益を毎月出す。「分ける」は「わかる」、と本書にある通りです。
顧客別、商品別、顧客別商品別の限界利益一覧表を作る。ABC分析でAクラスの商品と顧客から手を付ける。全社の数字を眺めているだけでは、打ち手は出てきません。
処方箋2:値引きを止めて、単価アップに資源を寄せる
本書第二章の冒頭で、米澤さんは中小企業が持続的に成長する事業展開は二つしかないと整理します。「大きな市場に対して安価に大量生産・大量販売」か、「絞り込んだ市場に付加価値の高い商品・サービスを提供」か。前者は大手の土俵で勝ち目がない。よって後者一択、単価アップの取り組みを最優先で検討すべきだと断言しています。
単価アップの方法は本書で六つ示されます。価値に見合う価格設定、モノ+コト、前後工程の取り込み、アップセル、クロスセル、パッケージ化。値引きの逆方向に経営資源を寄せ替える具体策です。
処方箋3:固定費型か変動費型かを把握して、不敗の態勢を作る
本書の利益感度の整理は、自社が固定費型か変動費型かで打ち手の順位が変わることも教えてくれます。固定費型は単価アップ→固定費ダウン→数量アップ→変動費ダウン、変動費型は単価アップ→変動費ダウン→数量アップ→固定費ダウン。共通するのは単価が最敏感という点です。
自社の構造を把握したうえで、現預金月商比と借入の身軽さで「不敗の態勢」を先に作る。攻めの単価アップに踏み出すのは、その後です。
CASE 1:福祉施設・借換1億円——限界利益の見える化と借換で利益感度の順番を組み直した事例
僕が支援している福祉施設の事例です。稼働率は安定していたが、複数の金融機関に分散した借入が約1億円あり、運転資金は常にぎりぎり。月次は売上と税引前利益しか見ておらず、サービス区分別の限界利益は誰も把握していない状態でした。
最初に着手したのは、直接原価計算の社内版です。区分ごとに人件費を変動費的部分と固定費的部分に切り分け、給食費や消耗品を変動費に置く。月次でサービス別の限界利益が並ぶようになって、初めて「どの区分で稼いで、どの区分で薄まっているか」が見えました。
続いて、メインバンク主導で1億円の借換を実行。複数行への分散返済を一本化し、月次の返済負担を約4割圧縮、手元現預金を月商の3ヶ月分まで積み直しました。月次の改善効果は約60万円。固定費の利益感度が動いた瞬間です。
不敗の財務が整ったところで、加算オプションが取れる領域を一つ選び、単価設計に進めました。借換で固定費を下げ、限界利益の見える化で打ち手の精度を上げ、単価で稼ぐ——本書の四つの方策を利益感度の高い順に組み替えた事例です。
CASE 2:不動産関連・34歳・代表+1名——絞り込みと単価設計で値引き競争から降りた事例
もう一つは、不動産関連で年商5000万円未満、代表+スタッフ1名の小規模事業者の相談事例です。地域に競合が多く、相見積もりで価格を比較され、案件を取るたびに値引きで応える展開が続いていました。
社長の最初の言葉は「もう少し受注単価を上げたいが、競合が安すぎて勝負にならない」。本書の「値引きはこんなに恐ろしい」の図解を一緒に見て、現状の数字に当てはめてみました。一割値引きを継続した場合、元の利益水準に戻すために必要な案件数の増分は、社長一人が回せる稼働の上限を超えていた。
ここで本書の「絞り込み」と「価値に見合う価格設定」の発想を入れます。すべてに同じ価格表で対応するのではなく、対応領域を一つに絞り、その領域で提供する価値を磨き直して単価を設計し直す。第三章のニッチトップを年商5000万円規模に翻訳した進め方です。
絞り込んだ領域では値引き要請を断る代わりに、評価設計をパッケージ化し、見積書の構成自体を変えました。半年後、受注件数は減ったものの、案件あたり単価が上がり、限界利益は前年同期比で約1.3倍。「単価アップが最も利益感度が高い」が小規模事業の現場でそのまま再現された事例です。
ADVISORY:もし「セルフ脱毛サロン1店舗を5店舗に増やしたい」と相談が来たら
仮に、無人化セルフ脱毛サロン1店舗を5店舗に一気に増やしたい、という相談が来たとします。多くの支援者は立地と資金調達の話から始めます。
僕は本書の利益感度に立ち戻って質問します。「現状の1店舗、月次の限界利益はいくらですか」「単価を一割上げたら客数は何%減りますか」「5店舗にしたとき、損益分岐点を下回る月の手元現預金は何ヶ月持ちますか」。
即答できないなら、出店速度を落とすことを勧めます。数量アップ(店舗数増)から入るのは、固定費の負担が一気に重くなり、利益感度が鈍感な領域から動かすこと。先に1店舗で単価アップの上限を探り、不敗の財務を作ってから年間1〜2店舗のペースで広げる。これが本書の発想に沿った答えです。
明日の一手:本書を経営判断に効かせる90日プラン
本書を読んで、自社の経営に落とし込むための3ステップを示します。30日刻みで90日。年商立ち上げから3億円規模までの中小企業オーナーが、無理なく回せる設計にしました。
1日目〜30日目:限界利益を毎月出せる状態に整える
顧問の税理士に依頼し、月次試算表とは別に「直接原価計算ベースの社内損益管理表」を月次で作る体制を整える。費用を変動費と固定費に切り分け、売上から変動費を引いた限界利益を毎月出す。商品別または顧客別にABC分析を行い、Aクラスから改善余地を洗い出す。30日後、自社の損益分岐点と限界利益率が即答できる状態を目指す。
31日目〜60日目:値引きを止めて、単価アップの一手を一つ実行する
過去1年の値引き実績を一覧化し、本書の「値引きはこんなに恐ろしい」の図解に当てはめて元の利益に戻すために必要な数量増分を計算する。続いて、単価アップの六つの方策から一つだけ選び、主力商品で60日以内に実行する。値上げ、付帯サービスの追加、抱き合わせ。一つで構わない。動かすことが先です。
61日目〜90日目:固定費型/変動費型を把握し、不敗の財務を点検する
固定費比率が50%を超えるなら固定費型、下回るなら変動費型。固定費型なら次の一手は固定費ダウン、変動費型なら変動費ダウンが利益感度の二番目に来る。あわせて現預金月商比、自己資本比率、借入の本数の3指標を点検し、複数行に分散しているならメインバンクに借換相談を1回入れる。攻めの数量アップや新規投資は、不敗の財務が整ってから。
90日後、月次会議で見る数字が変わります。売上から限界利益へ、値引きから単価へ。米澤さんが言う「儲けの仕組み」とは、経営者の意志を四つの方策の優先順位として翻訳する作業だと僕は理解しています。
参考書籍・引用事例
参考書籍:米澤裕一『小さな会社の儲けの仕組みの教科書 低成長時代に生き残る「筋肉質経営」の原理・原則』Clover
本記事で参照した本書の章立て:「はじめに」、第一章「利益のメカニズムと利益感度」、第二章「利益を増やすための基本戦略」、第三章「顧客提供価値を高めて『ニッチトップ』を目指す」
本書から参照した主要な論点:
- 外部環境変化に弱い中小企業の特徴(はじめに)
- 利益を生み出す四つの方策——単価アップ、数量アップ、変動費率ダウン、固定費ダウン(第一章)
- 直接原価計算による限界利益の見える化と「分ける」は「わかる」(第一章)
- 利益感度の順位——単価が最敏感、変動費が最鈍感(第一章)
- 「値引きはこんなに恐ろしい」——一割値引きで赤字転落、元の利益回復に必要な顧客増43%(第一章)
- 固定費型ビジネスと変動費型ビジネスの特性比較(第一章)
- 中小企業の事業展開は「絞り込んだ市場×付加価値」一択、単価アップが最優先(第二章)
- 単価アップの六つの方策——価値に見合う価格、モノ+コト、前後工程取り込み、アップセル、クロスセル、パッケージ化(第二章)
引用事例(CASE 2件):
- CASE 1:福祉施設・借入約1億円の借換と限界利益の見える化、月次60万円改善(えだもん支援事例 case_005)
- CASE 2:不動産関連・34歳・代表+1名・年商5000万円未満の絞り込みと単価設計(えだもん支援事例 case_001)
ADVISORY:無人化セルフ脱毛サロン多店舗展開相談の架空事例(実在の特定事業者を指すものではない)
執筆日:2026年5月13日
著者紹介:枝元 宏隆(えだもと ひろたか)。中小企業診断士・社外CFO。熊本を拠点に、年商立ち上げから3億円規模までの中小企業オーナーへの伴走支援を専門とする。製造業・人材派遣・福祉施設・飲食店・不動産など多業種の支援実績を持ち、限界利益の見える化と単価アップを起点とした筋肉質経営への組み替えを得意としている。

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