「アイデアはあるのに動けない」中小企業経営者の処方箋|ゆる麻布『こうやって、すぐに動ける人になる』を経営の現場で読み解く

マインドセット

なぜ「動けない」が起きるのか

新規事業のアイデアはある。市場の追い風も来ている。優秀な右腕も育ってきた。それなのに、何かを着手するたびに「あと1か月だけ準備を」と先送りしてしまう——。年商1〜5億の中小企業経営者と話していて、もっとも頻度の高い症状です。

ゆる麻布『こうやって、すぐに動ける人になる』は、連続起業家がトラッシュトーク調で書いた本です。文体はかなり荒っぽい。でも書いてある原理は古典的で、しかも中小企業の現場で素直に効きます。本書を貫くメッセージはシンプルです。「すぐできる人とそうでない人を分けるのは能力でも才能でもなく、思考法だ」。思考法は変えられる。だから誰でも「すぐ動ける人」になれる、と本書は言い切ります。

「すぐ動ける思考法」とは何か(What)

本書が中盤までに繰り返す軸が3つあります。

①視座を高く持つ:目の前の仕事が「何に繋がっているのか・どんな意味があるのか」を理解する。木を見て森を見ずではなく、全体像を把握する。

②視野を広く持つ:自分の専門分野に閉じこもらない。他分野の情報をアンテナに張り、知識を組み合わせて新しい価値を生む。

③動きを早くする:考えてから動くのではなく、動きながら考える。完璧な情報を待たない。

3つは独立ではなく、上から下に積み上がる構造です。視座が低いと視野は広げられない。視野が狭いと動いても進む方角を間違える。動きが遅いと、せっかく広げた視野で得た機会を逃す。中小企業経営者にとって、この3軸のどれが弱いかを自覚することが第一歩です。

動けない3つの真因(Why)

本書は「すぐできない人」の真因を3つに分解します。

真因①:思考停止

「これでいいのか」「これで合っているのか」と検討を続けて、結論を出さない状態です。本書は「考えるフリをして、決めないことを正当化している」と指摘します。中小企業経営者でいうと、社外取締役会議、顧問会計士との打ち合わせ、コンサル相談を重ねながら、決断が3か月先送りされる状態が典型です。

真因②:情報過多

YouTube・Voicy・X・本・セミナー。情報が多すぎて、自分の判断軸が埋もれる状態です。本書のメッセージは「情報を集めるな」ではなく「集めた情報で判断軸が揺らぐ前に動け」というものです。集める情報量と決断する速さは、ある一線を超えると逆相関に入る、と本書は言います。

真因③:行動不足

失敗を恐れて、まず動くことを避ける状態です。本書のキーフレーズに「できない理由を探すな。どうすればできるかを考えろ」があります。できない理由は必ず3つは見つかります。だから探したら必ず動けなくなる。逆に、どうすればできるかを問えば、選択肢が3つは出てくる、というシンプルな構造です。

どうやって動けるようになるか(How):4つのステップ

Step 1:ゴールから逆算する

本書第18節「金を払って解決できることは金を払って解決しろ」と並ぶ、本書のもうひとつの大きな主張が「ゴールから逆算思考」です。3年後にどこにいたいかを決めてから、今月の打ち手を決める。逆算で見れば、今月の判断は5つの選択肢のうち2つに絞れます。逆算なしで判断するから、選択肢が5個に膨らんで動けなくなる、という順序です。

Step 2:金で解決できることは金で解決する

本書第18節の主張です。中小企業経営者は「自分でやった方が早い」「金を払うのは怖い」が口癖になりがちですが、3年後のゴールに到達するルートを最短化するなら、外注・委託・ツール導入で済むことは即時に金で解決する判断が要ります。本書のメッセージは「ケチるな」。経営者の時間単価を年商から逆算すれば、自分でやる判断のほとんどは赤字です。

Step 3:毎日コツコツ積み重ねる

第19節は「努力こそが成功への道」。本書の章タイトルは少し説教臭く見えますが、中身は具体的です。1日30分の言語化、1日1件の意思決定、1週間に1回の幹部1on1——こうした小さな単位の積み重ねが、3年後の到達点を決める、と本書は書きます。

Step 4:危機感を持つ・ライバルは自分の中

第20節「常に危機感を持て」、第21節「ライバルは常に自分の中にいると思え」。本書の終盤に向かうにつれ、視点が外から内に戻ります。動けるかどうかの最後の決め手は、自分が昨日の自分を超え続けているかどうか、というシンプルな問いに集約される、と本書は閉じます。

実例で見る:中小企業経営の現場での「動ける/動けない」

事例①:人材派遣+イベント事業(相談時33歳・2022年〜継続)

本書のいう「動けない真因=思い込み」に、的確に火が入った事例です。最初のご相談は「スキルのある個人が集まったフリーランスチームのような会社で、会社への愛社精神が薄い」という組織論でした。給料を払って退職者は少ないが、「会社のために何かをする」気持ちを持つ社員が少ないという悩み。

僕が返したのは、本書の Step 4「ライバルは自分の中にいる」と同じ筋の問いでした。「転職と退職代行が当たり前のこの時代に、社員が辞めずに続けてくれているのは、お金以上に社長の人徳と取り組みが伝わっている証ではないか」。この問いで社長の思い込みが外れ、視点が外から内に戻った瞬間に、本書のいう「視座を高く持つ」が機能し始めました。2年間で従業員数が3倍近くに増え、事業規模も大きく成長しています。動けない理由の正体が、市場でも能力でもなく「自分の思い込み」にあった事例です。

事例②:生命保険代理店の運動関連新規事業(苦戦継続中)

逆に、本書の Step 3「毎日コツコツ積み重ねる」が、本人の中で続かなかった事例があります。生命保険代理店を本業に持つ会社が、事業多角化として運動関連の新規事業を立ち上げたケースです。僕は小規模事業者持続化補助金と他の助成金を組み合わせて初期投資リスクを下げる設計に伴走し、運営の仕組みも整えました。

結果は、損益分岐点売上高を超えたり超えなかったりという状態が継続中です。後から振り返ると、本書の枠でいう Step 3 が代表者本人ではなく従業員に委ねられすぎていた、というのが現場の感覚です。新規事業の最初の12〜24か月は、代表者本人が走り出して軌道に乗るまでパワーで走らせる時期です。仕組みは整っていても、最後の一押しを従業員に任せると、熱量の差で失速します。本書のいう「動ける人と動けない人を分けるのは思考法だ」の射程は、新規事業の立ち上げ局面で残酷に効きます。

もし「アイデアは出るのに着手できない」社長が相談に来たら

仮に年商3億・従業員25名の社長が「新規事業のアイデアは月に3つ出るが、どれも着手できない」と相談に来たら、僕が最初に投げる問いは「3年後にどこにいたいか、紙に書けますか」です。

多くの場合、書けません。書けないまま週次のミーティングを重ねるから、3つのアイデアが3つとも生き残り、どれも前に進まない。本書の Step 1「ゴールから逆算」を、紙1枚に落とすところから始めます。3年後のゴールを1行、そこに到達する3つの中間目標を3行、今月着手する1つを1行——これがA4一枚で書ければ、本書の3軸(視座・視野・動き)は自動的に整います。

失敗パターンと回避策

本書を読んで中小企業経営者が陥りやすい失敗パターンが3つあります。

1つ目は、本書の文体(連続起業家のトラッシュトーク調)に煽られて、勢いだけで動き出してしまうことです。本書の主張は「ゴールから逆算」と「毎日コツコツ」が前提です。煽りだけ受け取ると、Step 1 を飛ばして Step 4 だけ走る人になります。

2つ目は、Step 2「金で解決」を「外注すれば全部解決」と読み違えることです。経営者が最後の判断と顧客への約束を外注した瞬間に、事業は方向感を失います。外注すべきは作業であって、判断ではありません。

3つ目は、本書のメッセージを社員に対して同じ口調で投げてしまうことです。本書は経営者本人が自分に向けて読む本です。社員に「動けないのは思考法のせい」と説教する道具にすると、現場の士気を落とします。

本書が触れていない論点:動ける思考法も、燃料が枯れたら回らない

本書は「動けるかどうかは思考法だ」と言い切ります。これはおおむね正しい。けれど、中小企業経営者の現場で診断士として10年以上見てきた立場から、ひとつ補足したいことがあります。「動ける思考法も、本人の燃料が空になっていれば回らない」という点です。

本書の Step 1〜4 をすべて知識として知っていても、本人の中に「この事業をどうしたいか」「この会社で何を実現したいか」という燃料が残っていないと、シートを書く手も動きません。同じ打ち手を提案しても、燃料の残っている経営者は3日で動き、空の経営者は3か月止まる。違いを分けているのは市場でも業種でもなく、本人の使命感です。本書が前提として置いているのは「動きたい意欲はある人」であって、それすら枯れているフェーズの経営者には、思考法の前に燃料の言語化が要ります。

今日試せる最小ステップ

明日からの30分で、A4一枚に次の4行だけ書いてください。

  1. 3年後の到達点:自社・自分が3年後にどこにいたいか(売上ではなく状態で)
  2. 今月の中間目標:3年後の到達点から逆算した、今月クリアすべき1つの数値
  3. 今週着手する1つ:今月の中間目標を進める、今週やる1つ(小さくていい)
  4. 外注・委託で済むこと:今週、自分でやらず金で解決すると決める3つ

これを書いた紙を、デスクの一番見える場所に貼ってください。1週間後、書いた4行のうち何が動いたかをレビューする。動かなかった行は、Step 1〜4 のどこで詰まったかをタグ付けする。これを4週繰り返せば、本書のいう「視座・視野・動き」がどこで弱いか、自分でわかります。

そして、書く前に確認してほしいことがあります。「3年後の到達点を書く30分の集中力が、今の自分にあるか」。残っていなければ、シートの前に、自分がこの会社で何をしたいかを1行書く時間を先に取る方が効きます。本書を含むあらゆる行動指南書は、自分の中に燃料がある経営者にしか機能しません。順序を間違えなければ、本書の3軸は来週から効き始めます。

この記事の根拠と執筆背景

主要な参考書籍

本記事はゆる麻布 著『こうやって、すぐに動ける人になる』(PHP研究所)を主要な参考書籍としています。特に冒頭「誰でも簡単に『すぐできる人』になれる思考法」の3軸(視座を高く・視野を広く・動きを早くする)、「なぜ多くの人が『すぐできない人』なのか」の3つの真因(思考停止・情報過多・行動不足)、第18節「金を払って解決できることは金を払って解決しろ」、第19節「毎日コツコツ積み重ねろ」、第20節「常に危機感を持て」、第21節「ライバルは常に自分の中にいると思え」、第22節「できない理由を探すな、どうすればできるかを考えろ」、および「ゴールから逆算思考」を参照しました。記事内の「中小企業経営の現場での4ステップ」「失敗パターン3類型」は本書原則を、年商1〜5億の中小企業経営者に落とし込む筆者の翻訳です。哲学的補足としての「動ける思考法も燃料が枯れたら回らない」は本書原典にない筆者の独自拡張で、診断士・社外CFOとしての実務翻訳として提示しています。

引用した支援事例について

  • 事例①: 人材派遣+イベント事業(相談時33歳経営者・2022年頃から定期コミュニケーション継続)。組織への帰属意識の薄さという社長の悩みに対し、「辞めないこと自体を成果と見る」視点転換の対話を実施。2年間で従業員数が3倍近くに増加。社名・個人名は匿名化。具体金額は公開していません。
  • 事例②: 生命保険代理店(本業)/運動関連の新規事業(多角化・苦戦継続中)。小規模事業者持続化補助金・他助成金を組み合わせて初期投資リスクを下げる設計に伴走。仕組みづくりは進めたが、損益分岐点売上高を超えたり超えなかったりという状態が継続中。代表者本人のパワーで走り抜ける時期に従業員に委ねすぎた点が、振り返り上の主因。社名・個人名は匿名化。

執筆日・最終更新日

執筆: 2026-05-12 / 最終更新: 2026-05-12

著者について

枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士、複数法人経営者。九州中心に中小企業の組織改革・財務改善・事業承継の伴走支援を実施。

えだもん (中小企業診断士)

中小企業診断士/連続起業家。21歳で起業、以来14年でビジネス書2,000冊超を読破。実務で効いた本だけを紹介する「課題突破の選書エージェント」運営者。

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