中小企業経営者が「自分の人生」を戦略する|山口周『人生の経営戦略』を社長自身のキャリア設計に翻訳する

キャリア・複業

この本が対象とする人

山口周『人生の経営戦略』は、経営戦略論やフレームワークを「個人の人生というプロジェクト」に適用する20の戦略コンセプトをまとめた書です。著者自身は、電通でキャリアを始め、外資系コンサルティングファームで20年戦略策定や組織開発を支援し、現在は営利・NPO・自治体・スタートアップ等で複線的に仕事をしている人物。本書のメッセージは一貫しています。「マネジメントには『思い通りにならないものを、とにかくなんとかする』という意味がある」。だから人生にこそ、経営戦略は使える、と。

本書は通常、サラリーマンや独立志望者向けに紹介されることが多いです。しかし僕は、中小企業経営者にこそこの本を勧めます。理由はシンプルで、多くの中小企業経営者は「会社の戦略」は熱心に立てるのに、「自分自身の人生戦略」は驚くほど無計画だからです。会社のライフサイクルと自分の人生のサイクルが噛み合わないまま、気づくと50代60代になり、退職金代わりに会社を売る/たたむ判断を急がされる——という現場を、僕は何度も見てきました。

本の核心3つ

核心①:パーパス=「思い通りにならない人生をなんとかする方向」

本書第1章はパーパス(人生の目的)の議論です。著者は「マネジメント=管理・統制」というニュアンスを横に置き、「思い通りにならないものをなんとかする」側面を強調します。パーパスは「達成すべきゴール」ではなく、「思い通りにならない現実のなかで、自分が向かいたい方向」を指す言葉として再定義される。

中小企業経営者の現場で、これは決定的に重要です。会社の数値目標は明確でも、自分自身が向かいたい方向が言語化されていない経営者がほとんどです。だから事業承継期や退職金設計期に、判断軸を失います。

核心②:能力を変えるより「立地」を変える

本書第3章のポジショニングは、5フォース分析を個人キャリアに適用する論考です。本書のキーフレーズは「能力を変えるより立地を変える」。同じ能力でも、業界・市場・地域という「立地」が変わるだけで報酬や評価が大きく変わる、という指摘です。

中小企業経営者の場合、立地とは「業界」「地域」「自社のポジショニング」だけではありません。「自分が時間とエネルギーを投下している場所」も含まれます。同じ社長能力でも、毎日現場に立つ社長と、月の半分を外部の経営者ネットワークに使う社長とでは、5年後の到達点が変わります。

核心③:適応戦略——想定外を逆手に取る

本書第2章の適応戦略は、人生に必ず訪れる「想定外」を計画の敵としてではなく、計画を進化させる材料として扱う論考です。「計画の策定・実行・修正を織り交ぜる」「想定外を逆手に取れ」というキーフレーズが繰り返されます。

中小企業経営者の人生戦略では、家族の事情、健康、後継者の有無、外部環境(コロナ・半導体ブーム・人手不足)など、想定外がむしろ常態です。本書のメッセージは、こうした想定外を「計画を立て直す機会」として扱う柔軟性を持て、というものです。

僕が中小企業の現場で検証した結果

事例①:人材派遣+イベント事業の経営者(相談時33歳・2022年〜継続)

本書のいう「ポジショニング=立地」が、事業の伸びと経営者本人の人生に効いた事例です。最初のご相談は「スキルのある個人が集まったフリーランスチームのような会社で、会社への愛社精神が薄い」という組織論でした。給料を払って退職者は少ないものの、社員の会社への帰属意識が低いという悩み。

僕が返したのは、本書のいう「適応戦略」と「ポジショニング」の二段重ねの問いでした。「転職と退職代行が当たり前のこの時代に、社員が辞めずに続けてくれているのは、お金以上に社長の人徳と取り組みが伝わっている証ではないか」。この問いで、社長の中で「自分が立っている立地」(フリーランス層に選ばれている経営者)の認識が変わり、経営判断が前進。2年間で従業員数が3倍近くに増える成長期に入っています。能力を変えたわけではない。経営者本人の立地認識を変えただけ。本書の枠で読むと、それが「ポジショニングの組み直し」でした。

事例②:製造業の2代目経営者(50代・2023年春〜継続)

本書のいう「パーパス=自分が向かいたい方向」が、事業承継局面で言語化されきっていなかった事例です。20名規模の製造業(PC向けパーツのプラスチック加工・年商2〜3億)の2代目社長は、「従業員にもっと能力を発揮してほしい」と考えていたものの、古参社員との間に見えない壁ができていました。前経営者からの引き継ぎが十分でなく、社長の意図が現場に届いていなかった。

僕が担ったのは、本書のいう「マネジメント=思い通りにならない現実をなんとかする」側面に振り切った中立役です。社長が目指す「よい会社」とは何かを言語化し、賃金が上げられないのは会社全体の収益率低下が原因であることを現場に伝える。売上の即時改善は起きませんでしたが、定着率が上がり、紹介採用が生まれる状態に移行しました。最近は熊本の半導体工場立ち上げの追い風もあり、受注も伸びています。

本書の枠で振り返ると、この承継局面の本質は「パーパスの言語化」でした。会社の数値目標ではなく、社長自身が「この会社で何を実現したいか」を一文で言える状態をつくる。それが社員に伝わって初めて、本書のいう「想定外を逆手に取る」フェーズに入れます。

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本書が触れていない論点:中小企業経営者の「会社と人生の二重戦略」

本書は「個人の人生」を主語にした論考です。中小企業経営者にこの本を当てはめるとき、ひとつ重要な補足が要ります。それは、会社の戦略と自分の人生の戦略を、別の紙に分けて書く必要があるという点です。

多くの社長は、会社のパーパスと自分のパーパスを混同しています。「会社を◯億円にする」と「自分は何をしたいか」を同じ紙に書いて、結果として両方とも曖昧になる。本書のメッセージを中小企業経営者に降ろすとき、僕が必ず提案するのは「会社の経営戦略シート」と「自分の人生の経営戦略シート」を別の紙に分けることです。

会社のシートには売上・利益・組織・市場ポジショニングを書く。人生のシートには、5年後・10年後・15年後の自分が立ちたい場所、健康・家族・学び・経済的自由のバランス、自分が辞める/会社を売る/渡す判断基準を書く。会社のシートが「事業の経営」、人生のシートが「自分の経営」。二枚に分けると、両方が初めて噛み合います。

本書の限界:複線キャリアの前提がある

本書のもうひとつの注意点を挙げます。著者・山口周氏自身は、複数の組織にまたがる複線キャリア(コンサル+執筆+ラジオパーソナリティ+経済フォーラム研究員)を実践しています。本書はその前提で書かれています。

中小企業経営者は、自社の経営にコミットしている時点で、複線キャリアの自由度はサラリーマンより低い構造にあります。本書の「立地を変える」「多動して自分の居場所を見つける」をそのまま読むと、「会社を辞めて複線で生きる」と勘違いしがちです。中小企業経営者にとっての立地変更は、会社を変えることではなく、自分の時間配分を変えることと読み替えるのが現実解です。週60時間を本業に投下している社長が、本業30時間+外部活動15時間+学び15時間に組み替えるだけで、5年後の景色は変わります。

仮に「会社の戦略は立てているが自分の人生は無計画」な社長が相談に来たら

仮に年商3億・従業員25名・50代の社長が「会社の戦略は毎年立てているが、自分自身の5年後がイメージできない」と相談に来たら、僕がまず投げる問いは2つです。「会社の事業承継・売却・継続のシナリオを3つ書けますか」「そのシナリオごとに、自分の人生はどう変わりますか」

多くの社長は、会社のシナリオは1〜2つ持っていても、自分の人生のシナリオは0です。本書の Step 1「パーパス」の言語化を、会社ではなく自分の人生で行う。これだけで、5年後の自分が立ちたい立地が見えてきます。立地が見えれば、本書のいう「能力を変えるより立地を変える」打ち手が、今月から取れます。

読むべきか、読まなくていいか

結論を書きます。会社の経営戦略は毎年立てているのに、自分自身の人生戦略は無計画——という中小企業経営者は、本書を読むべきです。とくに40代後半〜60代前半の社長で、事業承継・売却・継続のいずれかの選択肢を3年以内に判断する必要がある方は、優先度が高い。一方で、現事業の立ち上げ期で「自分の時間を全部本業に投下するフェーズ」の経営者は、本書の議論を後回しにして構いません。

そして最後にひとつ。本書の20のコンセプトを実装するとき、最初に確認すべきは「自分自身の人生を戦略する気力が、今の自分にあるか」です。会社の経営に削られて、自分自身の方向を考える余白すらない状態なら、本書を読む前に、まず「会社を経営している自分はどんな状態を望んでいるか」を1行書く時間を、30分だけ確保してください。

明日の一手:30日で「自分の人生戦略シート」を1枚書く

明日から30日、A4二枚の組み合わせで次の作業を進めてください。会社の戦略と人生の戦略を、必ず別の紙に書き分けることが本書のメッセージの中小企業翻訳です。

  1. 1週目:A4一枚目に「会社の経営戦略」を3行(5年後の売上規模・組織規模・事業ポートフォリオ)。これは既に手元にあるはずなので、書き直すだけ
  2. 2週目:A4二枚目に「自分の人生の経営戦略」を4行(5年後・10年後・15年後の自分が立ちたい場所/健康・家族・学び・経済的自由のバランス/会社を辞める・売る・渡す判断基準/自分が向かいたい方向)。ここが本書の核です
  3. 3〜4週目:二枚を見比べて、矛盾する箇所を1つだけ選び、来月から取れる時間配分の組み替えを決める。本書のいう「能力を変えるより立地を変える」を、自分の時間配分の側で実装する

30日でA4二枚を書けたら、5年後の景色が会社と自分の人生で別々に描けている状態になります。書く前に確認してほしいのは、自分自身の人生を考える30分の集中力が今の自分にあるか。残っていなければ、二枚目の前に「自分は何のために経営しているか」を1行書く時間を先に取る方が効きます。本書の20コンセプトは、その1行から逆算してこそ使えます。

この記事の根拠と執筆背景

主要な参考書籍

本記事は山口周 著『人生の経営戦略 ── 自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』(ダイヤモンド社、2024年刊)を主要な参考書籍としています。特に「はじめに」のマネジメント=「思い通りにならないものをとにかくなんとかする」という再定義、第1章「パーパス」、第2章「ライフ・サイクル・カーブ」「キャズム」、第2章「適応戦略」(計画の策定・実行・修正を織り交ぜる/想定外を逆手に取れ)、第3章「ポジショニング 前編・後編」(5フォース/能力を変えるより立地を変える/多動して自分の居場所を見つける)、第4章「ライスワークをライフワークに近づける」「ソーシャルビジネスと営利事業を組み合わせる」「戦略資源の逐次分散投入には注意」、第5章「学習と成長」(流動性知能・結晶性知能・サーバントリーダーシップ)を参照しました。記事内の「中小企業経営者の現場で使う読み方」「会社の経営戦略シートと自分の人生の経営戦略シートを別紙にする」は本書原則を、40〜60代の中小企業経営者の人生戦略に落とし込む筆者の翻訳です。本書が触れていない「中小企業経営者は複線キャリアの自由度が低い前提で立地変更を時間配分の変更と読み替える」は本書原典にない筆者の独自拡張で、診断士・社外CFOとしての実務翻訳として提示しています。

引用した支援事例について

  • 事例①: 人材派遣+イベント事業(相談時33歳経営者・2022年頃から定期コミュニケーション継続)。組織への帰属意識の薄さという社長の悩みに対し、「辞めないこと自体を成果と見る」視点転換の対話を実施。社長本人の「立地認識」が変わり、2年間で従業員数が3倍近くに増加。社名・個人名は匿名化。
  • 事例②: 製造業(PC向けパーツのプラスチック加工・従業員20名程度・年商2〜3億・50代2代目経営者)。2023年春から緩やかな関係継続中の実例。承継局面でのパーパス言語化の伴走を実施。社長の真意が現場に届き、定着率向上と紹介採用の発生を確認。社名・個人名は匿名化。

執筆日・最終更新日

執筆: 2026-05-12 / 最終更新: 2026-05-12

著者について

枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士、複数法人経営者。九州中心に中小企業の組織改革・財務改善・事業承継の伴走支援を実施。

えだもん (中小企業診断士)

中小企業診断士/連続起業家。21歳で起業、以来14年でビジネス書2,000冊超を読破。実務で効いた本だけを紹介する「課題突破の選書エージェント」運営者。

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