BHAG(大胆な目標)を中小企業規模で設定する実例|『ビジョナリーカンパニー』を経営者が現場で使う方法

経営改善

BHAG は大企業だけのものではない

ジェームズ・C・コリンズ『ビジョナリーカンパニー』が提示した概念の中で、特に中小企業経営者に効くのがBHAGです。Big Hairy Audacious Goal——大胆で大きく、少し怖いくらいの目標。10〜30年スパンで組織が燃え上がるような具体的なゴール。

本書では Sony の「世界で初めて日本製品のイメージを向上させる」や NASA の「10年以内に人類を月に送る」が例として挙げられます。こうした壮大な目標を見て、多くの中小企業経営者が「自分の会社にはBHAGは無理」と思ってしまう。

これが最初のミスです。BHAGの本質は規模ではなく、組織を動かす力にあります。従業員10人の会社でも、適切なBHAGは設定できます。今日は、中小企業診断士として複数の経営者と作ったBHAGの実例を、設定のコツとともに整理します。

中小企業のBHAGの要件

本書の原則を中小企業に翻訳すると、BHAGには次の4要件が必要です。

要件1:10〜30年のタイムスパン

1〜3年の目標ではBHAGになりません。短すぎる目標は「頑張ればできそう」で燃えない。10年以上の時間軸で、今は達成方法が不明確なくらいがちょうど良い。

要件2:具体的で測定可能

「良い会社になる」は BHAG ではありません。「熊本の半導体関連サプライヤーのトップ5に入る」のような、具体的で検証可能な表現が必要です。

要件3:社員が「この目標のために頑張りたい」と言える

社員の共感なしの BHAG は機能しません。社員を会議に呼んで話し合うか、少なくとも経営者が発表した時に社員の目が光る表現であるべきです。

要件4:市場と時代の追い風と整合

BHAG は、時代のマクロ環境と連動していると強力に機能します。「この波に乗れば達成可能」という実感が、組織を燃え上がらせます。

事例1:人材派遣会社の BHAG と 2年で従業員3倍

具体事例を話します。2022年頃から伴走している人材派遣+イベント事業の会社。33歳社長、当初従業員10名。

相談開始時、この会社には明確な長期目標がなく、日々の採用・売上だけを追っていました。僕が提案したのが、BHAG の設定です。

社長と幹部3人で半日議論した結果、「2027年までに九州の中小企業向け人材派遣の新規受注で、地域3位以内に入る」というBHAGが決まりました。具体的な順位目標、5年以内という時間軸、地域限定という達成可能性のバランス。この設定が効きました。

このBHAG 設定後、会社の動きが変わりました。採用施策に「このBHAGのために何人必要か」という問いが入った。新規営業先を選ぶ基準に「BHAGに近づく取引か」が入った。結果として、2年で従業員数が30名近くまで増加しました。

BHAG が単なる数字目標ではなく、日々の判断軸として機能し始めたことが、この成長の本質です。

事例2:製造業の2代目社長が熊本の半導体需要を射程に収めた話

もう1件、2023年春から支援している製造業(PC向けプラスチック加工、従業員20名・年商2〜3億)の事例です。50代・2代目社長。

この会社の課題は、先代の時代から続く受注構造に変化がなく、長期ビジョンも守りの姿勢だったこと。僕が提案したのが、熊本のTSMC進出という時代の追い風を射程に収めたBHAGの設定です。

社長と幹部で合宿を実施した結果、「2030年までに、熊本の半導体関連企業の主要プラスチック部品サプライヤー5社に入る」というBHAGが決まりました。時代の追い風(半導体需要)× 自社の強み(精密プラスチック加工)× 具体的な順位目標。本書の要件4「時代と整合」が明確に効いた設定です。

このBHAGを社員に共有した時の反応が印象的でした。「この目標なら頑張れる」と若手社員が言った。日々の仕事の意味が再定義された瞬間でした。

2年経過時点で、熊本の半導体関連企業からの受注が実際に増え始めています。業績の即時改善より、社員が自社の未来を信じられる状態が生まれたことが最大の成果でした。

BHAG 設定の落とし穴

BHAG 設定の現場で、よくある失敗パターンを3つ整理します。

落とし穴1:経営者の独断で決める

BHAG を経営者1人で決めて発表しても、社員の共感を得られず「また社長が何か言っている」で終わります。必ず幹部、できれば代表的な社員も巻き込んで議論する。

落とし穴2:数字の抽象化

「業界トップになる」「業界No.1を目指す」は BHAG として弱い。「地域3位以内」「熊本の半導体関連5社」のように、具体的で検証可能な数字が必要です。

落とし穴3:時代と逆行

衰退していく市場で「シェア拡大」を掲げても、BHAG としては機能しません。時代の風向きを読み、追い風のある市場を射程に含める視点が必要です。

本書の限界:BHAG 達成後の設計に薄い

本書は BHAG の設定方法を手厚く扱いますが、達成後にどうするかの議論は薄い。中小企業の経営者が BHAG を10年後に達成した時、次の BHAG をどう設定するか。これは本書だけでは答えが出ません。

僕の支援経験では、BHAG 達成が近づいた時点で、次の10年を見据えた新しい BHAG 設定の合宿を行うのが現実的です。BHAG は一度設定すれば終わりではなく、更新されていく組織の羅針盤です。

明日の一手:自社の「10年後の具体像」を1行で書く

ここまで読んでくれた経営者に、明日できる一歩を提案します。

明日、15分だけ時間を取って、次を紙に書いてください。

  1. 自社が「2035年に」なっていたい状態を、1行で具体的に書く
  2. その状態を達成するために、今後10年で必要な変化を3つ書く
  3. この内容を、次の幹部会議で議論するかを判断

1行でOK。完璧な BHAG でなくても、「10年後の像を言語化しようとした」という行為そのものが価値です。本書の第5章(BHAG の章)を読むのは、この15分の後でOK。自分の1行がブラッシュアップされる読み方に変わります。

この記事の根拠と執筆背景

主要な参考書籍

本記事はジェームズ・C・コリンズ 著『ビジョナリーカンパニー』のBHAG(Big Hairy Audacious Goal)の章を主要な参考書籍とし、中小企業での設定実例を整理しました。

引用した支援事例について

  • 事例1: 人材派遣+イベント事業(33歳経営者)における2022年頃〜現在の定期コミュニケーションに基づきます。BHAG設定後、2年で従業員3倍。社名・個人名は匿名化。
  • 事例2: 製造業(PC向けプラスチック加工・従業員20名)における2023年春〜現在の支援経験に基づきます。50代・2代目社長。熊本の半導体需要を射程に収めたBHAG設定。社名・個人名は匿名化。

執筆日・最終更新日

執筆: 2026-04-20 / 最終更新: 2026-04-20

著者について

枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士、複数法人経営者。九州中心に経営改善・事業承継・ビジョン策定の伴走支援を実施。

えだもん (中小企業診断士)

中小企業診断士/連続起業家。21歳で起業、以来14年でビジネス書2,000冊超を読破。実務で効いた本だけを紹介する「課題突破の選書エージェント」運営者。

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