「帳簿上の資産」と「実質純資産」の乖離に気づけ|THE WEALTH LADDER が中小企業経営者に突きつける事実

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中小企業経営者が抱える「資産の錯覚」

中小企業経営者と資産の話をしていて、繰り返し気づくことがあります。それは「帳簿上の資産」と「実質的に使える資産」の間に、大きな乖離があるということです。

ある経営者は「うちは1億円の資産がある」と話しました。内訳は、個人名義の預金3,000万円、株式1,000万円、自宅不動産の時価5,000万円、会社の持株1,000万円。足し算すると確かに1億円になります。

ただし同じ経営者は、会社の借入5,000万円を個人で連帯保証しています。自宅不動産には住宅ローン3,000万円が残っている。会社の持株は未公開株で、実質的に売れない。

この引き算をすると、実質純資産は2,000万円程度。本人が信じていた1億円の5分の1です。

ニック・マジューリさんの『THE WEALTH LADDER 富の階段』を読むと、こうした「見かけの資産」と「実質純資産」の区別が、自分がどの階段にいるかを決めることが分かります。中小企業経営者の多くが、このズレに気づかないまま経営判断をしています。

本書の6段階と「実質純資産」の関係

本書は純資産を6段階に分けました(金額は米国基準の翻訳)。

  • レベル1:貧困(マイナス〜100万円)
  • レベル2:生存(100万〜1,000万円)
  • レベル3:安定(1,000万〜5,000万円)
  • レベル4:柔軟(5,000万〜2億円)
  • レベル5:経済的自由(2億〜10億円)
  • レベル6:豊穣(10億円以上)

ここで重要なのは、本書が前提にする「純資産」は、米国の会計に基づく純粋な現金化可能資産です。日本の中小企業経営者の場合、次の4つの補正が必要になります。

補正1:連帯保証負債の控除

会社の借入のうち、個人が連帯保証している分は、実質的に個人の潜在負債です。最悪のケースで実行される可能性がある。個人資産から引くべき金額です。

補正2:非流動資産の割引

未公開株・会社の設備・売掛金などは、すぐに現金化できません。本書の階段は現金換算前提なので、評価額の50%程度に割り引いて計上するのが妥当です。

補正3:自宅不動産の扱い

住む家は、厳密には資産ではありません。売ってもその後住む家が必要。本書は『貧乏父さん』と同じく、自宅を『資産と呼ぶべきでない』立場です。計算から除外するか、住宅ローン残高分だけ引くのが健全。

補正4:事業の収益性リスク

会社からの役員報酬は、事業が続く限りの収入です。事業そのものの持続性が怪しい場合、将来収入への期待値は下がる。本書の階段計算には入れないほうが安全です。

事例:製造業20名規模の50代2代目社長の「実質純資産」計算

具体事例を話します。熊本で2023年春から伴走している製造業(PC向けプラスチック加工、従業員20名・年商2〜3億)の話です。50代・2代目の社長。

当初の本人の自己認識:「純資産で7,000万円くらい、そこそこ安定している」——本書でいえばレベル4前半に当たります。

実際に補正を入れて計算すると、次のようになりました。

  • 個人預貯金:2,500万円
  • 投資信託・株式:700万円
  • 自宅時価:5,000万円(住宅ローン残高2,000万円 → 差額3,000万円)
  • 会社の持株:(未公開・概算2,500万円 → 割引後1,250万円)

表面上の純資産:計7,450万円(レベル4前半)

ここから連帯保証の潜在負債を引く必要があります。会社の借入は設備投資を含めて約5,500万円、個人連帯保証あり。つまり実質純資産は約1,950万円=レベル3前半に一気に下がります。

本人の自己認識「レベル4前半」と実態「レベル3前半」の間には、1ランク以上のズレがありました。このギャップを可視化したことで、社長の優先順位が変わりました。新規設備投資を急ぐより、既存借入の連帯保証を段階的に外す交渉と、事業承継期の後継者への持株移転計画を先に整える判断へとシフトしました。

承継期の経営者に本書を渡すときは、連帯保証を含めて再計算する作業から始めるのが最も実効性のある使い方です。

実質純資産を上げる3つの動き

この事例から学べるのは、中小企業経営者の「階段を上がる動き」は、一般個人のそれと大きく違うことです。

動き1:連帯保証を軽くする

会社の借入を借換や一本化で整理し、連帯保証の実効リスクを下げる。この会社でも、国の借換一本化制度を使って1億弱を15年長期に引き直しました。月次返済が減価償却費同等に落ちて、キャッシュフローが60万円改善。会社の財務健全化が、経営者個人の実質純資産を改善するという構造です。

動き2:個人資産を事業外に分散する

浮いたキャッシュの一部を、経営者の役員報酬に回し、個人の積立投資に移す。事業と個人の資産がある程度分離されている状態を作る。事業が倒れても、個人資産で再起できる余力を持つ。

動き3:事業売却の選択肢を準備

会社の純利益率が10%を超えたら、事業売却(M&A)でレベル5に一気に上がる選択肢が現実化します。売れる事業になるには、社長に依存しない仕組み作りが必要。本書の延長線で、事業そのものの設計も問われます。

本書が触れない中小企業経営者の真のリスク

本書は優れた書籍ですが、米国の会計・法制度を前提にしています。日本の中小企業経営者には、本書が触れない2つの固有リスクがあります。

1つ目、連帯保証制度。米国のLLC経営者は通常、個人保証を求められない。日本は逆。この構造の違いが、本書の階段計算を大きく変えます。

2つ目、事業承継時の税務。2代目承継・3代目承継時の相続税・事業承継税制の扱いが、資産の実態に直撃する。本書の階段はこの変動要因を織り込んでいません。

本書を読むときは、これらの日本固有事情を頭に置いて読んでください。階段の位置が変わります。

明日の一手:実質純資産を正確に書き出す30分

ここまで読んでくれた経営者に、具体的な計算を提案します。

明日、30分だけ時間を取って、次の7項目を紙に書き出してください。

  1. 個人預貯金の現在残高
  2. 個人名義の投資信託・株式の時価
  3. 自宅不動産の時価 − 住宅ローン残高
  4. 会社の持株の時価(上場でなければ評価額の50%で計上)
  5. (1+2+3+4)= 表面上の純資産
  6. 会社の借入のうち、個人連帯保証の総額
  7. 実質純資産 = 5 − 6

この7の金額が、本書の階段のどこに位置するかを確認してください。多くの経営者が、自分の認識より2段階下にいるという現実に直面します。

本書の各章を読むのは、この7番の金額を把握してからで十分です。自分の位置が正確に分かれば、読むべき章が明確になります。

この記事の根拠と執筆背景

主要な参考書籍

本記事はニック・マジューリ『THE WEALTH LADDER 富の階段』の6段階モデルを、日本の中小企業経営者の連帯保証・非流動資産事情を踏まえて翻訳しました。

引用した支援事例について

  • 事例: 熊本の製造業(PC向けプラスチック加工・従業員20名・年商2〜3億)における2023年春〜現在の支援経験に基づきます。50代・2代目社長。連帯保証を含む実質純資産計算で自己認識レベル4前半→実態レベル3前半のズレを可視化。承継期の優先順位再設計を実施。社名・個人名は匿名化しています。

執筆日・最終更新日

執筆: 2026-04-20 / 最終更新: 2026-04-20

著者について

枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士、複数法人経営者。九州中心に経営改善・事業承継・連帯保証整理の伴走支援を実施。

えだもん (中小企業診断士)

中小企業診断士/連続起業家。21歳で起業、以来14年でビジネス書2,000冊超を読破。実務で効いた本だけを紹介する「課題突破の選書エージェント」運営者。

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