「借りる」と決める前に、補助金の選択肢を潰していないか
中小企業経営者の多くは、新規事業を立ち上げる時、真っ先に「銀行にいくら借りられるか」を考えます。菅原由一さんの『激レア資金繰りテクニック50』の「借りられる時に借りる」原則は、この判断を後押しするように見えます。
ただ、中小企業診断士として現場で複数の新規事業立ち上げに伴走した立場から正直に言うと、借入の前に潰せる選択肢を潰していない経営者が多すぎます。特に見落とされがちなのが、補助金・助成金と借入の使い分けです。
今日は、生命保険代理店が運動関連の新規事業を立ち上げた事例を主事例に、本書の「借りる」原則と補助金活用の境界線を3つの場面で整理します。
主事例:補助金+助成金で初期投資リスクを下げた生命保険代理店の話
2023年頃から支援している会社の話です。本業は生命保険代理店で、多角化として運動関連の新規事業を立ち上げる局面でした。相談時点で、経営者は「銀行から1,500万円借りる方向」で動いていました。
僕が提案したのは、先に補助金・助成金の選択肢を潰すことでした。具体的には次の2つ。
- 小規模事業者持続化補助金:新規事業の広告宣伝費・販促費を最大200万円カバー
- 新事業展開に関わる助成金:設備投資や人件費の一部をカバー
結果、補助金・助成金の採択を経て、初期投資のリスクを大きく下げられた状態で事業を始められました。銀行借入は想定の半分以下に圧縮。これで経営者の背中の圧力が変わりました。
ただ、ここから先が現実の複雑さです。
それでも市場受容が想定に届かず、現在も損益分岐点付近を行き来
補助金で初期リスクを下げられたものの、新規事業の売上は想定に届かず、現在も損益分岐点売上高を超えたり超えなかったりという状態が続いています。従業員も頑張ってくれている。仕組みも動いている。それでも売上が想定まで伸びない。
この事例から見えたのは、補助金は「初期リスクの圧縮」には効くが、「売上の担保」にはならないという、当たり前だが見落とされがちな事実です。本書の「借りる」原則も同じで、借りることで資金は手に入るが、それを売上に変える熱量と市場理解は経営者本人からしか出ません。
場面1:新規事業の立ち上げ期——補助金を先、借入は後
本書は「借りられる時に借りる」を原則としますが、新規事業の立ち上げ期は、むしろ補助金・助成金を先に潰すべきです。
理由は3つ。
- 返済不要の資金は、事業の失敗リスクを下げる
- 補助金・助成金の申請過程で、事業計画が体系化される(副産物として経営設計が整う)
- 採択実績は、後に銀行借入をする時の信用材料にもなる
ただし補助金・助成金だけに頼ると問題もあります。採択まで3〜6ヶ月のタイムラグがあり、その間のキャッシュは自前で回す必要がある。補助金申請中に銀行の運転資金借入を併用するのが、実務的な最適解です。
場面2:安定期の設備投資——本書の「借りる」原則が最も効く
創業3年以上の安定期に入った会社の設備投資は、本書の「借りる」原則がそのまま効きます。理由は、減価償却で返済するキャッシュフロー設計が成立するから。
本書のステップ1(銀行が評価する3点)はこの場面で威力を発揮します。
- 過去の返済実績(遅延なしが大前提)
- 直近12ヶ月のキャッシュフロー推移
- 向こう12ヶ月の資金繰り計画
この3点を整えて銀行に提示できる経営者は、優先的に融資を受けられます。逆に、熱意や事業の将来性だけを語る経営者は、銀行員の評価基準とずれています。
場面3:既存借入の再編——借換一本化の選択肢
既に複数の借入があって返済が重い会社には、別のテクニックが効きます。本書が触れる借換一本化です。
国の借換一本化制度はあまり積極的に使われていませんが、条件が合えば強力な財務改善ツールになります。僕が2024年秋から支援している福祉施設(37歳・2代目社長)のケースでは、1億弱を15年の長期期間に引き直し、月次返済額が減価償却費同等水準に落ちた結果、手元キャッシュフローが毎月60万円程度増加しました。
ただし借換一本化は、2年以上の遅れない返済実績が前提条件です。これがない会社は、まず通常の返済実績を積み上げるところから始まります。
本書の限界:業種・粗利率で「借りる最適解」が変わる
本書は汎用的な資金繰り本として優れていますが、業種ごとの違いには踏み込んでいません。
1つ目、粗利率20%以下の業態(卸売業・建設業の一部)では、借入してもキャッシュフローが改善しにくい。本書の原則より、事業構造の見直しが先決。
2つ目、粗利率40%超の業態(IT・サービス・コンサル)では、補助金・助成金の活用効率が非常に高い。借入より補助金優先の判断が成立する。
3つ目、飲食・小売の店舗業態は、一店舗のリスクが大きく、補助金で第二号店の初期投資を賄う設計が安全。
自社の業種・粗利率を踏まえて、本書の「借りる」原則と補助金・助成金の使い分けを設計する必要があります。
明日の一手:自社の補助金採択候補を30分で調べる
ここまで読んでくれた経営者に、具体的な一歩を提案します。
明日、30分だけ時間を取って、次を調べてください。
- ミラサポplus(
mirasapo-plus.go.jp)で「自社の業種・地域」に該当する補助金・助成金を一覧化 - 採択率が比較的高い3つをピックアップ
- 採択スケジュール(年何回・いつ締切)をカレンダーに登録
この30分で、自社が使える補助金の地図ができます。本書の「借りる」原則を試す前に、借りずに済ませる選択肢を潰す。この順序が、中小企業経営者の資金繰り改善の基本姿勢です。
この記事の根拠と執筆背景
主要な参考書籍
本記事は菅原由一 著『激レア資金繰りテクニック50』を主要な参考書籍としています。本書の「借りられる時に借りる」原則・銀行交渉3点・借換一本化の章を、中小企業の新規事業立ち上げと補助金活用の場面に翻訳しました。
引用した支援事例について
- 主事例: 生命保険代理店×運動関連の新規事業(2023年頃〜現在)における支援経験。小規模事業者持続化補助金・新事業展開助成金を活用し初期投資リスクを圧縮。現在も損益分岐点付近で継続中。社名・個人名は匿名化。
- 補足事例(借換場面のみ): 福祉施設(37歳2代目社長)における2024年秋〜現在の借換支援。借換一本化で1億弱を15年に引き直し月60万円のキャッシュフロー改善を実現。社名・個人名は匿名化。
執筆日・最終更新日
執筆: 2026-04-21 / 最終更新: 2026-04-21
著者について
枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士、複数法人経営者。九州中心に新規事業立ち上げ・補助金活用・資金繰り改善の伴走支援を実施。

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