新チームが動かない症状:V字構造の可視化
異動、中途採用、プロジェクト編成。人は集まった。けれどメンバー同士が直接話さず、会話のほとんどがリーダーである自分を経由している——この状態は、放置すると「メンバーが定着しない」「問題が自分にだけ集まる」「意思決定の精度が落ちる」の3つに必ず現れます。
現場で僕が見ているのは、多くの場合、直接の因果よりもっと手前の「構造のゆがみ」です。リーダーとAさんは話す。リーダーとBさんも話す。でもAさんとBさんの間には線が通っていない。矢野和男『トリニティ組織』がアルファベットに喩えて「V字」と名付けた構造です。これが積み重なると、リーダーは情報と判断を一身に背負い、メンバーは自分だけ知らないことがあるのではという不安を持ち続けます。
本書はこの構造を21年にわたり、コールセンター・システム開発・物流倉庫・病院・学習塾など多様な現場で、1000万人日を超える行動データと1兆個を超える関係性データで追跡しました。結論は「ファクターX」=V字か三角形かという人間関係の構造が、幸福度と生産性を同時に左右する、というものです。この研究は2022年にNature/Scientific Reportsで発表されています。
よくある勘違い:対面コミュニケーションの「量」を増やせば解決する
この症状に対して、多くのリーダーが選ぶ一手が、飲み会・チームランチ・1on1の頻度を上げることです。結論を先に書くと、これはほぼ効きません。
『トリニティ組織』は、このよくある勘違いを定量的に反証しています。本書のチームが取得したデータを解析すると、「対面コミュニケーション時間が長い人」と「短い人」で、幸福度の平均に有意な差はありません。「つながる人数が多い人」と「少ない人」にも同様に差はありません。量ではなく構造、という結論はここから出ています。
飲み会を増やしても、翌朝オフィスで全員が同じV字の真ん中に戻るなら、構造は変わっていません。僕が伴走している会社でも、コミュニケーション活発化の施策が続いているのに組織課題が解けないケースはだいたいこのパターンです。量の問題ではなく、A-B間の線が引かれているかどうかの問題だと、まず自分の見方を入れ替える必要があります。
真因:ロジカル・シンキングが必然的にV字を生む
ではなぜ組織は放っておくとV字になるのか。『トリニティ組織』の第1章に、僕が読んで膝を打った指摘があります。「仕事をきちんとまじめに進めようとする」ことが、孤立感を生む構造的な原因になっているというくだりです。
本書はロジカル・シンキングを分割を基底とした思考法と位置づけます。組織を部署に分け、責任範囲を明確にし、担当とそれ以外を区別する。分割には専門性と意思決定速度を上げるメリットがあります。ただし同時に、視野の狭さ・他部門への関心の低下・範囲外の相互作用の断絶というデメリットも生みます。担当外の人と話す理由がない。用事のない会話は非効率とみなされる。結果として、線は担当の用事単位でしか引かれず、A-B間の線は自然には出てこない。
本書が学習塾で行った実験は、この構造の影響を数字で見せます。ある塾で小学5〜6年生82名・先生21人にセンサをつけ、教科ごとのクラスの行動データと成績を照合したところ、三角形の多いクラスほど成績がよいという結果が出ました。相関係数は 0.58。クラス成績のばらつきの58%を、三角形の多寡が説明したという数字です。興味深いのは、この三角形がほとんど休み時間の雑談で生まれていたという点です。授業中の教科内容ではなく、授業外の仲間関係が学力を押し上げていた。
大人の組織でも同じことが起きます。期中の業務で接点のない二人は、用事単位の分割をどれだけ綿密にやっても仲間にはならない。仲間関係をつくる仕事の外側の場が要る、ということです。
処方箋:中小企業の現場で効く3つの手順
本書が第8章で提示する具体手順のうち、僕が中小企業の現場で実際に効くと見ているのは次の3つです。原典の手順を、10〜50名規模の現場に落とし込む言い方に寄せています。
手順1:V字の3人に、協力しないと答えが出ない仕事を渡す
本書が組織づくりの基本動作として書いているのが、「V字になっている3人に、互いに知恵を出して協力しないと答えが出ない仕事を与える」というものです。著者は「職場は仕事をするところだから、仕事を与えるのが最も有効な人間関係づくりの手段だ」と書きます。
イベントや研修ではなく、実務の課題で三角形をつくる。これが中小企業の現場で一番使いやすい発想です。緊急ではないが重要な課題——在庫の回し方、クレーム対応の属人化、採用文面のアップデート——は、どの会社にも手つかずで転がっています。それを、今まさにV字の頂点にいる3人に期限付きで任せる。僕が関わっている会社でこの打ち手が効きやすいのは、飲み会で「仲良くなれ」と言われるより、具体的な問題解決のゴールが共有される方が、会話の必然性が生まれるからです。
手順2:新規取引先・新人OJTは必ず副担当をつける
本書の第8章は、新規取引先との関係を結ぶときに窓口担当者1人を充てると必ずV字が形成されると指摘します。担当者は頂点に孤立し、幸福度も生産性も落ちる。新人のOJTで一人の指導者をアサインする運用も同じ構造です。
中小企業は人手不足を理由に一人担当にしがちですが、副担当をつけることは組織の生産性を守る投資です。新人2人に指導者2人の4人ユニットを組めば、三角形が4つ同時に生まれます。僕が財務改善の伴走で関わる先でも、キャッシュが回り始めた瞬間にまず提案するのが、この「1人担当→2人体制」の切り替えです。
手順3:社長と従業員のV字には、社外の第3点を入れる
本書のV字解消の原則は「B・Cが直接つながれないなら、B・Cの両方とつながるDの関係を強める」という次善策を提示しています。中小企業の現場では、社長と古参社員の間に深いV字が走っていて、本人同士では線が引けない状況が珍しくありません。このときに機能するのが、社外の伴走者という第3点です。
僕が2023年春から関わっている20名規模の製造業(PC向けパーツのプラスチック加工・2代目50代社長)で、これをそのままやりました。社長は「従業員にもっと能力を発揮してほしい」と考えていたのに、古参社員側は「2代目はボンボンで金さえ良ければ従業員のことはどうでもいい」と思い込んで壁ができていた。前経営者からの引き継ぎが十分でなく、社長の意図が現場に届いていなかった。
僕が担ったのは、本書のいう「第3点」の役割です。社長が目指す「よい会社」とは何かを言語化し、賃金が上げられないのは会社全体の収益率低下が原因であることを現場に中立で伝える。売上や利益の即時の改善は起きませんでしたが、従業員の定着率が上がり、紹介による採用が生まれる状態に移行しました。最近は熊本の半導体工場立ち上げの波を受けてPC関連の受注が伸び、受注環境も改善しています。構造の改善は、売上より先に定着率と紹介採用という遅行指標に出る、というのがこの2年で僕が学んだことです。
本書が触れていない論点:構造論の上位に「経営者のやる気」が立つ
ここまでは本書の主張に沿った整理です。『トリニティ組織』を読んで、僕が現場の診断士として付け加えたい補足がひとつあります。三角形を設計する打ち手に踏み出す経営者自身に、燃料が残っているかという問いです。
本書は構造を変えれば幸福度と生産性が上がると示します。これはデータとして正しい。ただ、構造を変えるという意思決定には、経営者自身の使命感と情熱が必要条件として前提になります。僕の支援先で、同じ打ち手を提案しても動く経営者と動かない経営者がいる。違いを分けているのは市場でも業種でもなく、本人が「この会社を、このメンバーとどうしたいか」を自分の言葉で持っているかどうかです。
僕が2022年から関わっている人材派遣+イベント事業の社長(相談時33歳)は、この順序が綺麗に揃っていました。最初の相談は「スキルのある人が集まってくれるが愛社精神が薄い気がする」という組織論。僕が返したのは、お金でも構造でもなく、視点転換の問いでした。「転職と退職代行が当たり前のこの時代に、社員が辞めずに続けてくれているのは、社長の人徳と取り組みがすでに伝わっている証ではないか」。この思い込みが外れてから、社長は前に進めるようになり、2年間で従業員数が3倍近くに増える成長期に入りました。構造の打ち手を乗せる前に、本人の燃料が点火した順序です。
仮に「代表が全部抱え込んでいる」年商2億・20名の社長が相談に来たら
仮に年商2億・従業員20名・部長職不在で代表がすべてを見ている状態でパンクしそうだという相談が来たら、僕が最初に伝えるのは「社内で一番適性のある人員を早く育てる」という答えです。
20名規模で年商2億を回せているなら、管理職の適性がある人員は必ず社内にいます。年齢や職歴ではなく「能力としての適性」で見る。候補者が見えたら、権限・責任・報酬の3点セットでオファーして、チャレンジしてもらう。これが本書のいう「V字の3人に協力しないと答えが出ない仕事を与える」の、もう一段大きな運用になります。代表と候補者と候補者が引き受ける部門の3点で三角形をつくる発想です。
多くの社長が引っかかるのが「うちの社員には管理職の器がない」という思い込みです。実態は、代表が権限移譲を渋っているだけで、機会を渡せば伸びる人材は必ずいる。社内で本当に適性者が見当たらない場合にだけ、外部採用やヘッドハントを次手として検討します。20名規模で代表が抱え込んでいる状態は、V字がスター型に極端化した姿であって、まずこの中心を複数の三角形に分解するのが、組織の延命ではなく成長への切り替えになります。
明日の一手:90日で三角形を1つつくる
明日から90日間で、次の3つを順に実行してみてください。
- 今週1週間、自分と部下の間で交わされた会話を、相手ごとに紙に書き出す。自分を経由せずメンバー同士で交わされた会話が何件あったかを数える。ここが今のV字の「深さ」です
- 部下2人を選び、その3人(自分を含む)でなければ答えが出ない、緊急ではないが重要な課題を1つ選んで30日の期限で渡す。自分は介入せず、報告だけ受ける
- 30日後、3人で振り返りの場を持つ。うまくいった/いかなかった理由を、個人の能力ではなく3人の関わり方として話す。次の90日で、この「三角形づくり」を組織の別の場所でもう1つ動かす
最初の30日で結果が出なくても問題ありません。構造の改善は、本書の定性データでも僕の支援先でも、売上より先に定着率や紹介採用に出ます。そして最も大事なのは、この90日を回すモチベーションが自分に残っているかです。残っていなければ、構造論の前に、自分がこの会社をどうしたいかを言語化する30分を先に取る方が効きます。
この記事の根拠と執筆背景
主要な参考書籍
本記事は矢野和男/平岡さつき 著『トリニティ組織 人が幸せになり、生産性が上がる「三角形の法則」』(草思社、2025年7月刊)を主要な参考書籍としています。特に第1章「孤立社会は誰がつくったのか?」のV字と三角形の定義、第2〜5章のファクターX発見のプロセスと2022年のNature/Scientific Reports発表、第6章の学習塾実験における三角形とクラス成績の相関係数0.58、第8章「どうやってトリニティをつくるのか?」のトリニティ形成5パターンを参照しました。記事内の「中小企業の現場で効く3つの手順」のうち、原典の原則(V字の3人に協力しないと答えが出ない仕事を渡す/新規取引先・OJTは副担当/第3点の関係を強める)は本書第8章の直接記述です。一方、10〜50名規模の中小企業への翻訳部分と、哲学的補足としての「経営者のやる気は構造論の上位に立つ必要条件」という整理は本書原典にない筆者の拡張で、診断士・社外CFOとしての実務翻訳として提示しています。
引用した支援事例について
- 事例①: 製造業(PC向けパーツのプラスチック加工・従業員20名程度・年商2〜3億・50代2代目経営者)。2023年春から緩やかな関係継続中の実例。社長と古参社員の間の「思い込みの壁」に対し筆者が中立役として入り、社長の真意を言語化して現場に伝える伴走を実施。従業員定着率向上と紹介採用の発生を確認。社名・個人名は匿名化。
- 事例②: 人材派遣+イベント事業(相談時33歳経営者・2022年頃から定期コミュニケーション継続)。組織への帰属意識の薄さという社長の悩みに対し、「辞めないこと自体を成果と見る」視点転換の対話を実施。2年間で従業員数が3倍近くに増加。社名・個人名は匿名化。具体金額は公開していません。
執筆日・最終更新日
執筆: 2026-04-22 / 最終更新: 2026-04-22(原典PDFベース再リライト)
著者について
枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士、複数法人経営者。九州中心に中小企業の組織改革・財務改善・事業承継の伴走支援を実施。

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