紀元前の古典は、現代の経営者に買う価値があるか
ジョージ・S・クレイソン『バビロン大富豪の教え』は、漫画版が2019年に刊行されて以来、累計100万部を超えるベストセラーになっています。中小企業経営者からも「読むべきか」という相談を受けることが増えました。
結論から言います。中小企業経営者にとって、買う価値のある本です。ただし、読み方を間違えると「古典過ぎて使えない」という感想で終わります。本書を現代日本の経営現場で機能させるには、翻訳作業が必要です。
今日は、中小企業診断士として複数の経営者に本書を薦めてきた立場から、賛同できる点3つと、現代への翻訳が必要な限界3つを、購入判断の軸として整理します。
賛同できる点1:お金の原理原則は2,000年変わらない
本書の最大の強みは、お金に関する普遍的な原理を扱っていることです。紀元前のバビロニアで通用した知恵が、2026年の中小企業経営にも通用する。これは、お金という概念そのものの普遍性を示しています。
特に「収入の10分の1を貯める」「欲望に優先順位をつける」「お金を働かせる」という3つの法則は、経済制度や金利がどう変わろうと成立する原則です。僕が支援する経営者にも、この3つは必ず最初に伝えます。
本書は、流行のテクニック本とは違って読み捨てにならない点が最大の資産価値です。5年後も10年後も、この原則は変わらずに使える。
賛同できる点2:漫画版は経営者の時間コストに合う
本書の漫画版の登場が、中小企業経営者の普及を後押ししました。
経営者は多忙です。分厚いビジネス書を1冊読み切るのに、週末の時間を潰したくない。漫画版なら通勤・休憩時間で2時間あれば読み切れます。しかも内容の核心は逃さない。
僕が支援する経営者にも、文字の原著版より漫画版を勧めます。時間対効果が圧倒的に優れているからです。本書の7つの黄金法則は、表現が豊かな文字で読むより、漫画のキャラクターの会話で読んだ方が記憶に残る。
賛同できる点3:行動を起こさせる仕掛けが具体的
本書のもう一つの強みは、行動レベルの指示が具体的なことです。「10%を貯めろ」「収入より先に貯蓄を引け」など、読者が明日から実行できるアクションに落ちている。
他の財務書籍は、理論は充実しているが「で、具体的に何をすればいいのか」の層が薄いことが多い。本書はこの層が濃く、中小企業経営者が「読んで終わり」にならない。
特に経営者層は、自己啓発本を読みすぎて「知っているが動いていない」状態に陥りがちです。本書は、その状態から脱出させる力を持っています。
限界1:古代バビロニアの比喩が現代では使えない
ここからが限界です。本書は紀元前の舞台設定で書かれており、現代ではそのまま使えない比喩が多く出てきます。
例えば「奴隷を買って貸し出す」というメタファーは、現代では倫理的にも法的にも使えません。本書の意図は「設備投資や外注化でレバレッジを効かせる」ですが、文字通りに受け取ると混乱します。
また、「金貨の袋を積む」「粘土板に記録する」などの表現も、銀行口座と会計ソフトが当たり前の現代では、翻訳作業が必要です。
この翻訳を読者側が主体的にやれるなら問題ありませんが、漫画版を読んで「古代の物語として面白かった」で終わる経営者も多い。読む前に「これは現代の経営に翻訳する必要がある古典」という心構えが必要です。
限界2:日本の制度金融・税制に一切触れない
本書の2つ目の限界は、現代日本の制度融資・税制に全く触れていないことです。
本書を読んでも、次の重要な論点は得られません。
- 小規模企業共済(経営者の退職金を作る最重要ツール)
- 経営セーフティ共済(倒産防止と節税の両立)
- iDeCo・新NISA(個人の資産形成の非課税制度)
- 日本政策金融公庫の創業融資・中小企業向け制度
- 信用保証協会保証付融資
- 小規模事業者持続化補助金・ものづくり補助金
これらは現代日本の中小企業経営者が必ず使うべき制度ですが、本書はその知識を一切提供しません。本書の原理原則を学んだ後、別の専門書や専門家への相談が必須になります。
限界3:事業規模別の戦略の違いを扱わない
3つ目の限界は、本書が個人の家計を前提にしていることです。中小企業経営者には、個人の家計だけでなく事業の財務もあり、両者の関係性が複雑です。
例えば、本書の「10%を貯める」という法則を、経営者に単純適用すると以下の混乱が生じます。
- 役員報酬の10%を貯めるのか
- 会社の売上の10%を貯めるのか
- 会社の純利益の10%を内部留保に回すのか
- どれを優先するのか
本書は個人の家計しか想定していないので、この使い分けの指針がない。僕が支援する経営者には、役員報酬の10%を個人積立に、純利益の30-50%を内部留保に、別々の基準で管理することを提案しています。本書を踏まえて、自社の規模と状況に応じた翻訳が必要です。
事例:本書を読んだ30代前半経営者の3ヶ月後
理論だけでなく、具体事例を1件共有します。2024年秋から支援している不動産関連事業の法人のケース。代表34歳、従業員1名、年商5,000万未満の小規模会社です。
支援開始時に本書の漫画版を渡し、「読んでから次の面談に来てください」と伝えました。次の面談で、代表が本書から何を持ち帰ったかが見えました。
最も響いていたのは「欲望に優先順位をつける」の法則です。この代表は当時、会社の売上が伸び始めたタイミングで、個人の消費支出も同時に膨らませていました。新車、住居のグレードアップ、家族との外食頻度——全て「頑張ったご褒美」の名目で。
本書を読んだ後、代表が自分で整理したのは次の3点。
- 最優先:会社の運転資金を6ヶ月分積む(現状3ヶ月)
- 次優先:役員報酬の20%を新NISA口座に自動積立
- 後回し:車のグレードアップ(2年先送り)
本書を渡さなければ、この優先順位付けは起きていなかった。本書の漫画という形式は、経営者の家族の理解を得る媒体としても機能した点が意外な発見でした。代表の妻も漫画版を読み、「運転資金を先に積む」という判断に同意した。夫婦の経済観のすり合わせが、1冊の漫画で進んだ形です。
本書の真価は、こうした経営者の家族・パートナーへ同じ土台で伝えられる点にあります。専門書ではこの波及は起きません。
向く経営者・向かない経営者
3つの賛同点と3つの限界を踏まえて、本書が向くかどうかの判断軸を示します。
向く経営者
- お金の基本を体系的に学び直したい(30-40代の経営者)
- 自己啓発本は読むが行動が続かないタイプ
- 漫画で短時間で学びたい(月20冊以上のビジネス書を読み切るのが困難)
- 創業期〜安定期前半の経営者
向かない経営者
- 既に本書の内容を実践済みで、さらに深い財務戦略を求めている
- 大企業出身で組織的な財務を学びたい(本書は個人家計中心)
- すぐに節税・制度融資のテクニックが必要(日本の制度本を先に)
併読すべき本
本書の限界を補うために、以下の併読を推奨します。
- 『激レア資金繰りテクニック50』(菅原由一):本書の原則を日本の制度融資に翻訳する役割
- 『JUST KEEP BUYING』(ニック・マジューリ):本書の「お金を働かせる」を現代の投資理論で裏付け
- 『THE WEALTH LADDER』(ニック・マジューリ):本書の各法則を段階別に整理し直す
本書を最初に読んで原理を掴み、上記3冊で日本市場と現代投資に翻訳する。この順序が最短ルートです。
結論:1,000円台の投資価値としては高い
本書の漫画版は1,400円前後で購入できます。この金額で、お金に関する普遍原則を体系的に学べるなら、投資対効果としては高いと判断できます。
ただし本書だけで完結させず、必ず日本の制度融資・税制の本と併読すること。本書を起点に、自社の状況に翻訳する作業を怠らないこと。この2点を守れば、本書は中小企業経営者にとって資産価値の高い1冊になります。
明日の一手:本書を読む前に自社の財務3指標を書き出す
本書を手に取る前に、次の3つを紙に書き出してください。
- 役員報酬の年額と、そのうち個人貯蓄に回せている割合
- 会社の純利益率(直近決算)
- 自分が使っている、あるいはこれから使いたい制度金融(共済・補助金等)
この3つを把握してから本書を読むと、本書の原則が自分の会社にどう当てはまるか、読みながら同時に翻訳できます。本書を読んで満足するだけで終わらせないための準備です。
この記事の根拠と執筆背景
主要な参考書籍
本記事はジョージ・S・クレイソン 著・漫画版『バビロン大富豪の教え』を主要な参考書籍として、中小企業経営者の視点から賛同点と限界を整理したレビュー記事です。
併読推奨として言及した副次書籍
- 菅原由一『激レア資金繰りテクニック50』
- ニック・マジューリ『JUST KEEP BUYING』『THE WEALTH LADDER 富の階段』
引用した支援事例について
本記事では特定の1事例ではなく、中小企業診断士として複数の経営者に本書を薦めた経験を総合的に整理しました。
執筆日・最終更新日
執筆: 2026-04-20 / 最終更新: 2026-04-20
著者について
枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士、複数法人経営者。九州中心に経営改善・資金繰り改善・補助金活用の伴走支援を実施。

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