借金して投資すべきか|『JUST KEEP BUYING』第6章を中小企業経営者の借入現実で読む

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本書第6章の結論:借金は常に悪ではないが、良い借金の条件は2つしかない

ニック・マジューリ『JUST KEEP BUYING』の第6章「借金はすべきか?」は、この問いに対して明快な2択を示します。

人が借金をする理由は多岐にわたるが、理にかなうのは次の2つだけ、と著者は言い切っています。

  1. リスクを減らすため(手元の流動性を残す、住宅ローンで返済額を長期固定するなど、将来の不確実性を減らすため)
  2. 借入コストを上回るリターンが生み出せるため(学資ローン・住宅ローン・起業ローンなど)

第6章の議論はシンプルで、借金が「ダメ」か「OK」かはこの2条件のどちらかに該当するかで決まる、というものです。本書はクレジットカード負債の分析でも、高金利でも「貯蓄で払えるのに払わない」人の行動を「両賭け戦略」として合理化しています。一律に借金は悪と断じない姿勢が、本書全体の特徴です。

この主張は給与所得者の家計ではほぼそのまま使えます。ただし中小企業経営者に持ち込むと、本書にない2つのレイヤーが乗る。連帯保証による二重リスクと、事業借入の資金使途契約です。そしてもうひとつ、本書の数学的合理性にはモデル化されにくい経営者本人のやる気と判断エネルギーの有限性も含めて考える必要があります。

中小企業経営者に固有の2つのレイヤー

レイヤー1:事業借入の資金使途は契約で縛られている

既に事業借入がある経営者は多い。低金利で調達できているケースも珍しくなく、金利と期待リターンを比べれば「この金利で借りて投資に回せば得」に見えます。

しかし事業借入は資金使途が契約で決まっています。運転資金として借りた資金を個人投資に回すのは契約違反です。本書第6章の(2)「借入コストを上回るリターン」は、資金使途が自由な借入を前提にしていて、事業借入の再配分の話ではありません。本書を文字通り読んで事業借入を投資に流用する発想は、本書が想定する借金議論の外にあります。

レイヤー2:連帯保証と個人借金の二重レバレッジ

多くの中小企業経営者は会社の借入に対して個人連帯保証を差し入れています。ここで個人名義の投資用借入を重ねると、最悪のシナリオで事業側の損失と個人投資の損失が同時に来ます。

本書第6章の(1)「リスクを減らす」が機能する前提は、返済原資となる安定した収入が別にあることです。経営者の場合、会社のキャッシュフローが個人の生活費と連帯保証返済と個人借金返済の原資を同時に担うことが多く、本書の想定する「リスク分散の手段としての借金」が成立しにくい。

もうひとつの条件:本人のやる気と判断エネルギー

本書が「機械的に淡々と買い続ける」を推奨する裏には、判断エネルギーを節約するという設計思想があります。相場の上下に意思決定エネルギーを奪われない仕組みを作ることが、長期で勝率を上げる根拠になっている。

借金投資はこの設計思想と逆方向に作用します。相場下落時に心理的負荷が上がり、本業の経営判断にまで影響する可能性が高い。中小企業経営者は事業の意思決定そのものに膨大なエネルギーを使っているので、資産形成側で判断エネルギーを余計に消費する構造は本業の打ち手を鈍らせます。本書は個人投資家の判断節約を論じますが、経営者の場合は「個人の判断節約 × 本業の判断集中」の両輪で考える必要があります。

借金投資に行くべきでない典型:財務が圧迫されているケース

2024年秋から継続支援に入っている福祉施設の37歳・2代目経営者のケースです。コロナ前後で複数事業に挑戦し、撤退したものもあり、返済タイミングがバラバラの借入を抱えていました。設備借入の期間が短く毎月の返済額が減価償却費を上回る状態で、手元キャッシュフローが慢性的に圧迫されていた。

この段階で「借金してでもNISAで積立投資を」という発想は、本書第6章の(1)も(2)も満たしません。(1)のリスク減は、そもそも返済原資の安定性が崩れているので成立しない。(2)のリターンは、借入先の原資が既に経営の不確実性に晒されているので、金利との差額が安定しない。

この経営者にやるべきだったのは、国の借り換え一本化制度を使った財務再建でした。銀行同席の場で1億弱を15年で引き直し、金利は若干上がりましたが、返済ペースが減価償却費と同等水準に落ち、月次キャッシュフローが約60万円改善しました。本書の言う「借金を戦略的に使える人」に戻るための前段工程です。

「撤退」が借金投資よりも合理的になる局面

2022年頃から関わってきた、地元の先輩経営者の飲食店(カフェと室内グランピング付きカフェ)のケースもあります。コロナで既存店がダメージを受け、拡大を試みていた業態の撤退費用も重なり、資金繰りが悪化していました。

この局面で「借金を増やして投資に回して回収する」という選択肢が議論に上がったことがあります。僕は止めました。キャッシュフローが悪化している段階での借金投資は、本書の2条件のどちらも満たさないからです。

提案したのは、廃業着地の1年半前に自己破産という選択肢を提示することでした。本人の「しっかり返したい」という気持ちもあって実行まで約1年を要しましたが、結果として自己破産の手続きを進めながら再建の準備に入る段階に移行しています。1年早く決断できていれば、再チャレンジへの移行もより早かった可能性がある。撤退判断は、早いほど次のやる気を回復させる時間が長くなります

本書は第6章の末尾で、「戦略的に借金できる人」と「できない人」の差を、借金のタイミングを選べるかどうかに置いています。この「選べない局面にいる」ことを経営者本人が見誤らないことが、本書の主張を正しく使う前提条件になります。

もし「銀行から追加融資の枠を勧められた」という相談が来たら

仮に黒字経営の年商数億規模の経営者から「取引銀行から追加融資の枠を提案されたので使おうと思う」と相談が来た場合、僕が最初に聞くのは金額や金利ではなく、「誰が・なぜその提案をしたのか」です。

銀行側のノルマ事情や金融政策の都合で融資枠の提案が出てくることがあります。経営者側の資金需要から始まった話ではなく、金融機関側の都合で始まった話の場合もある。追加借入の意思決定者が自社の事業計画なのか銀行の提案なのかで、判断は180度変わります

もうひとつ聞くのは、「この借入をしないと、事業や生活のどこが止まるか」です。答えが出ないなら、本書第6章の(1)のリスク減条件を満たさず、(2)のリターン条件も仮置きに過ぎない可能性が高い。よくある勘違いは、低金利で借りられるなら借りておいた方が得、という発想で借入を増やすこと。金利の有利不利は借入の是非の判断基準にはならず、「必要な借入を条件の良い形で取る」という順序を守る必要があります。

本書の2条件が素直に機能する中小企業経営者は少数派

第6章の(1)リスク減と(2)リターン超過の2条件が素直に機能する経営者は、次を満たす層です。

  • 会社の借入に対して個人連帯保証を差し入れていない、または外せている
  • 会社の経常利益率が安定(目安: 10%以上を3期以上)
  • 個人の生活防衛資金が十分(目安: 生活費2年分以上)
  • 相場変動が本業の判断エネルギーを奪わない心理的余力がある

これら全てが揃う経営者は、中小企業の中では少数派です。そうでない場合は、本書の2条件を「今、どちらも満たさない」と認識し、事業側の利益構造整理と財務再建、そして本人のやる気の源泉の言語化の方を先に済ませる順序になります。本書の優秀さは、使う側の土台が先、という点で変わりません。

明日の一手:本書の2条件+経営者用3条件を紙でチェックする

明日、紙に「はい/いいえ」を書いてください。

本書第6章の2条件

  1. その借入は、リスクを減らすためか(不確実性を下げる目的がある)
  2. その借入は、借入コストを上回る期待リターンが見込めるか(具体的な数字で根拠がある)

経営者に固有の3条件(本書原典にない筆者の拡張)

  1. 個人連帯保証が軽い、または実効リスクが整理されている
  2. 資金使途の契約上、個人投資への流用に該当しない
  3. 相場変動が本業の判断エネルギーを奪わない心理的余力がある

2と3〜5のすべてが「はい」で揃うとき、初めて本書の原則が借金投資の文脈で動きます。一つでも「いいえ」があるなら、その項目を埋めるほうが借金投資より先です。そして最後に、自分がなぜ積もうとしているのかを1文で書く。動機が書けない状態で借金投資の是非を論じても、答えは定まりません。

この記事の根拠と執筆背景

主要な参考書籍

本記事はニック・マジューリ 著『JUST KEEP BUYING』(児島修 訳)の第6章「借金はすべきか?」を主要な参考箇所としています。著者が示す「借金を検討すべき2つのタイミング(リスク減、リターン超過)」を正確に引用し、そのうえで中小企業経営者特有の連帯保証・資金使途契約・判断エネルギーの3条件を筆者の独自拡張として提示しました。記事内「経営者に固有の3条件」は本書原典に直接記載されていない筆者の実務翻訳です。

引用した支援事例について

  • 事例①: 福祉施設(37歳・2代目経営者・2024年秋から継続支援)。国の借り換え一本化制度で1億弱・15年の引き直しを実施し、月次キャッシュフローを約60万円改善。社名・個人名は匿名化。
  • 事例②: 飲食店経営者(カフェ+室内グランピング付きカフェ)における2022〜2026年の関与。コロナ影響下での撤退判断と自己破産・再起準備への伴走。社名・個人名は匿名化。

執筆日・最終更新日

執筆: 2026-04-21 / 最終更新: 2026-04-21(原典PDFベース再リライト)

著者について

枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士、複数法人経営者。九州中心に経営改善・資金繰り改善・事業承継・撤退判断の伴走支援を実施。

えだもん (中小企業診断士)

中小企業診断士/連続起業家。21歳で起業、以来14年でビジネス書2,000冊超を読破。実務で効いた本だけを紹介する「課題突破の選書エージェント」運営者。

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