「借金は悪」で議論を閉じると、経営判断は止まる
中小企業経営者と話していて、借金の話題はだいたい2派に割れます。「借金はしたくない」派と「借金は事業の燃料」派。どちらも部分的に正しく、部分的に間違っています。借金を一括りで議論する時点で、経営判断は鈍ります。
この議論の本体は借金そのものではなく、経営者本人が何のために事業を続けているのかが明確かどうかにあります。動機が曖昧なまま借入の是非を論じても、結論は出ません。借金を入れるかどうかは、入れた後に事業を前に進めるエネルギーがあるかと不可分です。
そのうえで、ジョージ・S・クレイソン『バビロン大富豪の教え』漫画版を持ち込みます。本書の核心は、**「黄金に愛される七つ道具」**と**「お金と幸せを生み出す五つの黄金法則」**という2つの原則群です。これらを経営者の借入現場に引き写すと、借金の良し悪しを見分ける輪郭が自然に立ち上がります。
本書第二章:黄金に愛される七つ道具
本書が最初に提示する基本セットが、大富豪アルカドが若者たちに授ける七つ道具です。原文どおりに並べます。
- 収入の十分の一を貯金せよ
- 欲望に優先順位をつけよ
- 貯えた金に働かせよ
- 危険や天敵から金を堅守せよ
- より良きところに住め
- 今日から未来の生活に備えよ
- 自分こそを最大の資本にせよ
借金の議論に特に関わるのが、2(欲望の優先順位)、3(金に働かせる)、4(天敵から守る)、7(自分を最大の資本に)です。借金を「欲望」として位置づけるか「自分という資本を育てる投資」として位置づけるかで、同じ借入でもまったく別の顔を見せます。
本書第三章:五つの黄金法則
七つ道具のあとに置かれているのが、主人公バンシルが旅の中で体得していく五つの黄金法則です。これも原文どおりに示します。
- 家族と自分の将来のために収入の十分の一以上を蓄える者の元には、黄金は自らを膨らませながら喜んでやってくる
- 黄金に稼げる勤め先を見つけてやり、持ち主が賢明ならば、黄金は懸命に働く
- 黄金の扱いに秀でた者の助言に熱心に耳をかたむける持ち主からは、黄金が離れることはない
- 自分が理解していない商い、あるいは、黄金の防衛に秀でた者が否定する商いに投資をしてしまう持ち主からは、黄金は離れていく
- 非現実的な利益を出そうとしたり、謀略家の甘い誘惑の言葉にのったり、己の未熟な経験を盲信したりする者からは、黄金は逃げる
借金の良し悪しを見分ける論点は、この法則4と法則5に集中しています。自分が理解していない商いに借金して投資する、非現実的な利益を期待して借金する、誰かの甘い誘惑で借金する。これらは本書が古代の寓話として明確に警告している行動です。
本書の原則を借金の意思決定に引き写すと
七つ道具と五つの法則を組み合わせると、借金を評価するときに経営者が自分に問うべき3つの質問が浮かび上がります。以下は本書原典の直接記述ではなく、筆者が現場支援で使っている実務翻訳です。
質問1:この借金の返済原資は「借金で得たもの」の中にあるか
七つ道具の2「欲望の優先順位」と3「金に働かせる」を組み合わせた見方です。借金で買った資産や仕組みが将来の収入を生むなら、返済原資はその借金自身の中にあり、「金に働かせる」方向に借金が作用しています。一方、借金で買ったものが収入を生まないもの(高級車・時計・旅行・生活費補填)なら、借金は欲望の満足のために別収入を浸食している状態です。
質問2:返済期間は資産の寿命と噛み合っているか
七つ道具の4「天敵から金を堅守せよ」と6「未来の生活に備えよ」を組み合わせた見方です。設備や建物の耐用年数より短い返済期間で借りると、毎月の返済額が減価償却費を上回り、手元のキャッシュフローを慢性的に圧迫します。逆に耐用年数を大幅に超える返済期間だと、資産が使えなくなった後も借金だけ残る。噛み合いの悪さが、天敵から金を守る防衛を弱めます。
質問3:金利はその借金が生む収益率を下回っているか
五つの法則の4「自分が理解していない商いに投資する持ち主から黄金は離れる」と、法則5「非現実的な利益を狙う者から黄金は逃げる」への直接の対応です。金利より収益率が明らかに高いという見立てがあって初めて、借金は「金に働かせる」側に立ちます。見立てが楽観的すぎれば、法則5の「非現実的な利益」に足を取られる典型になります。
借換一本化で月次60万のキャッシュを取り戻した事例
2024年秋から継続支援に入っている福祉施設の37歳・2代目経営者のケースです。過去の設備投資借入は、事業意図としては正しい借入でしたが、返済期間が設備の耐用年数より短く設定されていました。結果として返済額が減価償却費を上回る状態が続き、月次キャッシュフローが慢性的に圧迫されていました。質問2の観点から見ると、元々の借入は質問1はクリアしていたのに質問2で躓いていた、という構造です。
この経営者に提案したのは、国の借り換え一本化制度を使った長期期間への引き直しです。銀行同席の場で、2年近く遅れなく返済してきた実績を説得材料に、1億弱を15年で一本化。金利は若干上がりましたが、返済ペースが減価償却費と同等水準まで落ち、月次キャッシュフローが約60万円改善しました。
この事例の肝は、借金の種類は一度決まれば終わりではなく、返済期間の設計次第で良い借金が悪い借金の顔に変わる点です。七つ道具の4「天敵から守る」が一時的に弱くなっていた状態を、期間再設計で立て直した実装になります。
撤退・リセットを先に決めるべきだった事例
2022年頃から関わってきた、地元の先輩経営者の飲食店のケースです。カフェと室内グランピング付きカフェを経営していて、コロナで既存店が大きなダメージを受け、拡大を試みていた別業態の撤退費用も重なり、資金繰りが悪化していきました。
この経営者の借入は、時間とともに質問1〜3のすべてが悪化していきました。売上が戻らないため返済原資が「別の収入」側に寄り、返済期間と耐用年数の噛み合いが崩れ、収益率は金利を下回る期間が長くなっていった。本書の法則4と5の領域に構造的に落ち込んでいた状態です。
僕が廃業着地の1年半前に提案したのは、借換でも金利交渉でもなく、一度潔くリセットする選択肢(自己破産)でした。本人の「しっかり返したい」という義理の気持ちもあって、実行まで約1年を要しましたが、現在は自己破産の手続きを進めながら再建のための体力と、新たな事業にチャレンジできる準備を進めている段階です。
強みを持つ経営者でも、借入の質問1〜3が構造的に悪化している局面では、撤退の決断が早ければ早いほど次のやる気を回復させる時間が長くなるという逆説が起きます。本書の七つ道具の4「天敵から守る」の最も過酷な場面での適用は、このような撤退判断だと考えています。
もし「取引銀行から追加融資を勧められた」という相談が来たら
仮に黒字経営の年商数億規模の経営者から「取引銀行から追加融資の枠を提案されたので使おうと思う」と相談が来た場合、僕が最初に聞くのは金額や金利ではなく、「誰が・なぜその提案をしたのか」です。
銀行側のノルマ事情や金融政策の都合で融資枠の提案が出てくることがあります。経営者側の資金需要から出てきた話ではないこともある。このとき、追加借入の意思決定者が自社の事業計画なのか銀行の提案なのかで、判断は180度変わります。ここは本書の黄金法則3「黄金の扱いに秀でた者の助言に耳を傾ける」と、法則5「謀略家の甘い誘惑にのる者から黄金は逃げる」の両方に触れる論点です。助言者を選ぶ主導権が自分にあるかどうか、という問いとも言えます。
もうひとつ聞くのは、「この借入をしないと、事業や生活のどこが止まるか」です。答えが出ないなら、その借入は本来必要ない借入です。よくある勘違いは、低金利で借りられるなら借りておいた方が得、という発想で借入を増やすこと。本書の法則5「非現実的な利益」に足を取られる前段です。
本書の限界と補強:現代日本の制度融資を重ねる
『バビロン大富豪の教え』は、古代の寓話を通じて普遍的な原則を伝える名著ですが、現代日本の制度融資には当然触れていません。中小企業経営者としては、本書の七つ道具・五つの法則に加えて次を知っておくと、借金の意思決定の精度が上がります。
- 日本政策金融公庫:創業融資や中小企業向けの低金利融資。民間銀行より条件が緩やかなケースがある
- 信用保証協会保証付融資:個人保証の扱いは近年見直しが進んでいて、経営者保証なしでの融資の選択肢が広がっている
- 補助金・助成金:返済不要の資金を、小規模事業者持続化補助金やものづくり補助金などで確保できる場合がある
本書の原則で洗い出した悪い借金を、これらの制度に置き換える設計が、現代日本の経営者にとっての応用です。
明日の一手:借入一覧を30分で書き出し、「なぜ続けるのか」を1行足す
明日、30分だけ時間を取って、次を1枚の紙に書き出してください。
- 借入先(銀行・公庫・カード会社・リース会社)
- 現在残高と金利(年率)
- 残り返済期間
- 借りた時の用途
- 返済原資(どの収入から返しているか)
- 自分がこの事業を続けている理由(動機を1行で)
1〜5を並べると、本書の七つ道具と五つの法則に照らした仕分けが自然に進みます。6は本書が暗黙に前提としているが明文化していない論点で、経営者が借金を戦略的に使えるかどうかを決める最上流の条件です。6が空白なら、借金整理より先に、本人の動機の言語化からやる必要があります。
この記事の根拠と執筆背景
主要な参考書籍
本記事はジョージ・S・クレイソン 著・漫画版『バビロン大富豪の教え』を主要な参考書籍としています。本書第二章「黄金に愛される七つ道具」、第三章「お金と幸せを生み出す五つの黄金法則」を原文に基づいて引用しました。記事内の「質問1〜3」は本書原典の直接記述ではなく、七つ道具と五つの法則を借入意思決定に引き写した筆者の実務翻訳です。
引用した支援事例について
- 事例①: 福祉施設(37歳・2代目経営者・2024年秋から継続支援)。国の借り換え一本化制度で1億弱・15年の引き直しを実施し、月次キャッシュフローを約60万円改善。社名・個人名は匿名化。
- 事例②: 飲食店経営者(カフェ+室内グランピング付きカフェ)における2022〜2026年の関与。コロナ影響下での撤退判断と自己破産・再起準備への伴走。社名・個人名は匿名化。
執筆日・最終更新日
執筆: 2026-04-21 / 最終更新: 2026-04-21(原典PDFベース再リライト)
著者について
枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士、複数法人経営者。九州中心に資金繰り改善・借入整理・事業承継・撤退判断の伴走支援を実施。

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