役員報酬、先月いくら手元に残りましたか
中小企業経営者に、毎月の役員報酬のうちいくら手元に残っているか尋ねると、大半の答えは「ゼロ」です。給料日に振り込まれて、家賃・生活費・教育費・接待費で消えて、次の給料日までカード残高とにらめっこ。会社の内部留保は厚くても、経営者個人は意外なほど貯まっていない。
僕も中小企業診断士として伴走支援をしていて、このパターンを繰り返し見てきました。会社と個人の両方を豊かにできる経営者は、全体の3割もいません。
今日話したいのは、ジョージ・S・クレイソンの『バビロン大富豪の教え』漫画版です。紀元前のバビロニアの粘土板に書かれた教えが源流ですが、漫画版は2019年に登場し、ここから本書に触れた経営者も多い。正直に言うと、2,000年以上前の教えが、驚くほど現代の中小企業経営に効きます。特に、役員報酬を毎月使い切っている経営者に最短で効く。
本書の「7つの黄金法則」を、中小企業経営者の現場に翻訳して順に見ていきます。事例は2023年春から伴走している美容サロンの実録です。200万円の補助金と10%の法則で、2店舗目の開業資金を捻出した話。
法則1:収入の10分の1を貯める(役員報酬の10%を先取りする技術)
本書の最も有名な教えです。稼いだお金の10%を必ず貯金に回す。残りの90%で生活する。それだけ。
中小企業経営者の場合、これは「役員報酬の10%を、給料日の翌日に別口座へ強制振替する」という実装になります。意志の力では続きません。仕組みで強制するのが本書の精神です。
10%を「確実に」10年続けることの破壊力
本書は10%を推奨しますが、「もっと貯めたい」と思う経営者が続出します。20%、30%と設定して挫折するパターンを、僕は何度も見ました。
本書の核心は「10%で十分」という点です。20%で3年挫折する経営者より、10%を10年続ける経営者の方が圧倒的に資産を増やします。月額役員報酬60万円なら、10%の月6万円を10年積み立てるだけで720万円が生まれる。複利を効かせればさらに増えます。
本書が繰り返し伝えるのは、金額ではなく継続性です。10%を破らないことだけ守れば、バビロンの石板の知恵はそのまま機能します。
法則2:欲望に優先順位をつける(個人家計と会社経費の両方に効く)
残りの90%で生活するには、欲望に順位をつける必要があります。すべて満たそうとせず、本当に必要なものから。
中小企業経営者への翻訳は、個人家計だけでなく会社経費の見直しにも効くという点にあります。多くの中小企業で、固定費・交際費・接待費が「なんとなく」続いている。
現場で削れた典型例
僕が支援した会社で実際に削れた固定費の例です。
- 使っていない会計ソフトの年額30万円→ゼロ
- 来客が少ない2フロア目を解約→月家賃15万円減
- 複数社と契約していた通信費の集約→月8万円減
- 惰性で続けていた広告枠→月12万円減
これだけで年間780万円以上のキャッシュが生まれる会社もあります。欲望に優先順位を入れる作業は、個人の家計だけでなく会社経費でも同じ効果を生む。本書の法則2は、経営者にとって二重の意味で効く原則です。
法則3:蓄えたお金を働かせる(経営者専用の3つの箱を優先する)
貯めただけでは増えない。投資でお金に働いてもらう。紀元前の石板は「奴隷を貸す」「商人に預ける」と表現しますが、現代の経営者には専用の「お金の箱」があります。
本書が触れていない論点として、中小企業経営者の資産運用は、一般個人のインデックス投資から始めるより、経営者にしか使えない3つの箱を先に埋めるのが効率的です。
経営者専用の3つの箱
1つ目、小規模企業共済。月最大7万円まで積立可能で、全額所得控除。退職金の作り方としても優秀で、貸付制度もある。20年以上積み立てれば解約時の返戻率が100%を超えます。
2つ目、経営セーフティ共済(倒産防止共済)。月最大20万円、累計800万円まで積立可能で全額損金算入。40ヶ月以上積み立てれば解約時も100%戻ります。取引先の倒産時に借入できる安全ネットにもなる。
3つ目、iDeCo。個人事業主なら月68,000円、経営者(厚生年金加入)でも月23,000円まで全額所得控除で積立可能。税制メリットは抜群で、60歳まで引き出せない縛りが「強制積立」として機能します。
これら3つの箱を埋めた上で、余剰を新NISA・インデックス投資に回す。これが中小企業経営者の正しい順序です。本書のインデックス投資推奨の「前に」やるべき段階があります。
事例:美容サロンで「役員報酬の10%」を貫き、2店舗目開業資金にした話
具体事例を話します。2023年春頃から支援している美容系の小さな脱毛サロンの経営者の話です。
無人化・セルフ式の新しい形のサロンで、小規模事業者持続化補助金200万円を活用した開業支援を担当しました。開業直後の相談で、本書の法則1を徹底することを提案しました。
具体的な設計はこうです。役員報酬を月40万円に設定し、給料日の翌日、自動的に4万円(10%)を別の積立口座へ振替する仕組み。残り36万円で生活する。1ヶ月分の振替は小さい金額に見えるが、12ヶ月で48万円、2年で累計96万円が積み上がります。これを2年続けてもらいました。
結果、2年後に96万円が積立口座に貯まりました。2店舗目の物件取得費は総額約250万円。内訳は、自己資金96万円+追加融資100万円+小規模事業者持続化補助金の2度目採択分で残額を充当。追加融資を最小限に抑えて開業にこぎ着けました。開業当初の1店舗経営から、2025年には2店舗体制に到達しています。
紀元前の「10%の法則」が、2025年の脱毛サロン経営で2店舗目の開業を後押しした事例です。法則の普遍性を現場で確認した出来事でした。
法則4:危険と天敵からお金を守る(経営者が見落とす4つの罠)
詐欺・投資損失・悪質な提案から資産を守る。経営者に固有の「天敵」として、次の4つが挙がります。
- 節税の名目で極端な保険・不動産商品を勧める業者
- 「経営者仲間」からの借入依頼(断りにくいが事業の命取り)
- 高額なコンサル契約の長期自動更新
- 仮想通貨・スタートアップ投資など素人には危険な領域の誘い
本書は「素人の領域に素人のお金を入れるな」と警告します。自分の専門外への投資は、信頼できる専門家の助言を受けてから。経営者は多忙なので判断を急ぎがちで、この罠に引っかかりやすい。
法則5:より良い場所に住む(オフィス・店舗・住居の身の丈戦略)
住む場所は資産ではなく投資と捉える。無理な住宅ローンは控える。中小企業経営者にはもう一つの読み方があります。オフィスや店舗も同じ論理、身の丈に合った家賃で続けることが長期的な収益に効きます。
現場での判断基準
僕が支援する経営者に提示する基準は、「家賃は月次売上の6〜10%以内」です。これを超えると、売上が少し落ちた月に致命的になります。特に2号店・3号店を出すときに、この基準を忘れて「駅前の立派な物件」に飛びついて痛い目を見る経営者が多い。
本書の法則5は、個人住居だけでなく事業物件にも等しく適用してください。身の丈の重要性は、紀元前から変わりません。
法則6:今日から未来の生活に備える(事業承継と退職後の経済設計)
老後・退職後への備えを若いうちから始める。中小企業経営者には、これは事業承継と引退後の経済設計に直結する論点です。
法則3で触れた小規模企業共済は、まさにこの「退職金」の役割を果たします。月7万円を30年積み立てれば、解約時の返戻金は2,500万円前後になります。これを経営者個人の退職金として受け取る設計を、若いうちから始めるのが本書の精神です。
事業承継時、後継者に会社を渡したあとの経営者の生活費を、事業そのものに頼らず別の箱で確保しておく。これが法則6の経営者版です。
法則7:自分こそ最大の資本(経営者の自己投資の優先順位)
スキル・知識・健康への投資が、金融投資より効果が大きい。お金を稼ぐのは、お金そのものではなく「稼ぐ能力」を持つ自分自身。
中小企業経営者の場合、優先順位は明確です。
- 健康投資(定期的な人間ドック・運動習慣)— 倒れたら会社も倒れる
- 経営スキル(財務・マーケ・組織論)への継続学習
- 業界・業種を超えた人脈形成
会社の経費を削ることより、経営者自身が学び続けることの方が、長期的な収益に効きます。本書の法則7は、1年目も10年目も繰り返し読み返す価値があります。
本書の限界:紀元前の知恵を現代に翻訳する3つの注意点
本書は優れた古典ですが、現代にそのまま持ち込むには注意点が3つあります。
1つ目、「奴隷を買う」というメタファー。現代では使えない比喩なので、「設備投資」「システム導入」「外注化」に置き換えて読んでください。
2つ目、金利と通貨・税制の前提。古代バビロニアの経済条件と、現代日本の金利・補助金・社会保険制度は全く違う。法則は抽象度で受け取り、具体は現代の専門書で補う必要があります。
3つ目、10%の絶対性。本書は10%を推奨しますが、経営者の手取りが少ない創業期は5%から始めても十分です。数字を絶対化しないこと。小さく始めて続けることが、本書の精神に適います。
明日の一手:役員報酬の10%自動振替を今夜設定する
ここまで読んでくれた経営者に、具体的な一歩を提案します。
今夜、ネットバンキングで次を設定してください。30分で終わります。
- 役員報酬の振込口座とは別の積立口座を1つ選ぶ(なければ無料で開設)
- 役員報酬の振込日の翌営業日に、役員報酬の10%を自動振替する定期設定
- 毎月の金額確認は年1回のみ(日々気にしない仕組み)
この1つの仕組みが、本書の7つの黄金法則のうち法則1〜3を同時に実装します。紀元前の石板の知恵を、2026年の中小企業経営者が活用する最短ルートです。
本書を読むのは、この仕組みを設定した後でOK。実装後に読む方が、各法則の意味が一気に立ち上がります。
この記事の根拠と執筆背景
主要な参考書籍
本記事はジョージ・S・クレイソン 著・漫画版『バビロン大富豪の教え』を主要な参考書籍としています。本書の「7つの黄金法則」を中小企業経営者の役員報酬・経費・共済・承継の文脈に翻訳しました。
副次参考書籍
積立投資に関する数学的裏付けの章では、ニック・マジューリ『JUST KEEP BUYING 自動的に富が増え続ける「お金」と「時間」の法則』(ダイヤモンド社)の議論を参照しています。
引用した支援事例について
- 事例: 美容系脱毛サロン(無人化・セルフ式)における2023年春〜現在の支援経験に基づきます。小規模事業者持続化補助金200万円活用、役員報酬40万円のうち10%(4万円)自動振替を2年継続し、2025年に2店舗目開業達成。社名・個人名は匿名化しています。
執筆日・最終更新日
執筆: 2026-04-20 / 最終更新: 2026-04-20
著者について
枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士、複数法人経営者。九州中心に経営改善・資金繰り改善・補助金活用の伴走支援を実施。

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