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『THE WEALTH LADDER 富の階段』(ニック・マジューリ)
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「売上は去年より確実に伸びている。なのに、なぜか月末になると口座の残高に不安を感じる」——そんな経験に、心当たりはないだろうか。
中小企業の経営者や個人事業主と話していると、このような悩みを口にする人は驚くほど多い。売上が増えると支出も増え、スタッフへの還元や設備投資を優先するうちに、気づけば自分の資産形成がいつまでも後回しになっている。「もう少し売上が上がったら投資を始めよう」と思い続けて、数年が経過している。
その構造的な問題に、データと論理で真正面から切り込んだ一冊が、ニック・マジューリ著『THE WEALTH LADDER 富の階段』だ。著者はウォール街のデータサイエンティストとして活躍しながら、資産形成に関する膨大な実証研究をもとに「富を築くプロセスには段階がある」という考え方を提唱する。この記事では、経営者・個人事業主が抱える「お金が残らない」という課題に対し、本書の知見をどう応用するかを、私えだもんの現場経験とともに解説する。
なぜ「収入が増えても豊かさを感じられない」のか
📝 えだもんの現場視点
支援先の建設業の社長が、「去年は過去最高売上だったのに、自分の口座はほぼゼロだった」と苦笑いしながら話してくれたことがある。利益は設備と採用に全振りし、役員報酬も最低限に抑えていた。事業は成長しているのに、個人の純資産は5年前とほぼ変わらない——これは珍しいケースではなく、私が見てきた100社超の中でも繰り返し起きているパターンだ。
ライフスタイル・インフレという見えない罠
本書が序盤で警告するのが、「ライフスタイル・インフレ」と呼ばれる現象だ。収入が増えるにつれて、自然と生活水準も引き上げてしまう——これは人間の心理として極めて自然な反応であり、だからこそ危険だ。
マジューリはデータを使ってこの現象を可視化する。高収入になるほど貯蓄率が上がるはずなのに、実際には収入と支出がほぼ同じペースで増加し、手元に残る割合は変わらないか、むしろ悪化するケースすら少なくない。問題は「収入の絶対値」ではなく「収入と支出の差分をどう設計するか」にあるのだと本書は説く。
経営者が陥りやすい「事業と個人のお金の混濁」
一般的なサラリーマンと経営者が決定的に異なる点がある。それは、事業のお金と個人のお金の境界線が曖昧になりやすいことだ。「会社が儲かれば自分も豊かになる」という感覚は正しいようで、実は危うい。
設備投資・採用・広告費といった事業支出は経営判断として必要だ。しかしその一方で、個人の資産形成は「事業が安定してから」と先送りされがちになる。本書の「富の階段」の視点で言えば、事業と個人資産を別々の階段として設計しなければ、どちらも中途半端になるというリスクがある。
「富の階段」とは何か——本書の核心概念を読み解く
富には段階があり、各段階で戦略が異なる
本書の最大のポイントは、「富を築くプロセスを一本の連続した道ではなく、段階(ステップ)として捉える」という視点だ。マジューリは富の形成を大きくいくつかの段階に分けて論じる。
- 第1段階:生活防衛資金の確保——まず緊急時の備えを作る。収入が途絶えても一定期間生活できるキャッシュを持つことが最優先。
- 第2段階:高金利の負債の解消——投資リターンを食い潰す高コストな借入を先に返済する。これは「確実なリターン」だ。
- 第3段階:投資による資産の加速——土台が整って初めて、投資元本を増やし複利の力を最大化するフェーズに入る。
- 第4段階:生活水準の引き上げ——資産が一定水準に達した後、初めて意識的に生活を豊かにすることを許可する。
この順序を守らずに「投資も生活水準の引き上げも同時に」やろうとするから、どちらも中途半端になる。「今自分はどの段階にいるか」を正確に把握することが、資産形成の第一歩だとマジューリは主張する。
「貯蓄率」こそが最強の投資変数である
本書で繰り返し強調されるのが、貯蓄率の重要性だ。多くの人は「どの株を買うか」「どのタイミングで市場に入るか」に注目するが、マジューリのデータ分析によれば、資産形成の初期段階では投資リターンよりも貯蓄率の方が資産額に与える影響が圧倒的に大きい。
たとえば、年収500万円で貯蓄率20%の人と、年収800万円で貯蓄率5%の人を比較すると、10年後の資産額は前者の方が大きくなるケースが多い。収入の高さではなく、「いくら残すか」の設計力が富を決める——この事実は、収入の変動が大きい経営者にとって特に重要な示唆を持つ。
投資元本を増やす「セービング・レート革命」
では貯蓄率を上げるにはどうすればいいか。本書が提案するのは、収入が増えたとき「支出を増やさない期間」を意図的に設けることだ。マジューリはこれを「貯蓄率の段階的引き上げ」と呼ぶ。
具体的には、収入が10%増えたとき、その増加分の半分を即座に投資・貯蓄に回し、残り半分で生活水準を少しずつ改善する。こうすることで、「我慢しすぎて挫折する」こともなく、「全部使ってしまう」こともない、持続可能なバランスが生まれる。重要なのは、ルールを感情ではなくシステムとして設計することだ。
経営者・個人事業主が本書から学ぶべき3つの実践ポイント
①「役員報酬=自分への投資枠」を先に確保する
経営者が個人の資産形成を後回しにする最大の原因は、役員報酬の設計にある。多くの経営者は「会社の資金繰りを見てから、余ったら自分に払う」という感覚で役員報酬を決めている。しかしこれでは、投資に回せるお金は永遠に残らない。
本書の「富の階段」の考え方を応用するなら、役員報酬の中に「個人の投資枠」を最初から組み込むべきだ。たとえば月の報酬から固定で一定額をNISAやiDeCoに自動的に流れる仕組みを作る。これは「余ったら投資する」から「最初から投資する」への発想の転換だ。
②事業リスクと個人資産を分散して設計する
経営者は往々にして、自社事業に過度に集中した資産構成になっている。会社の業績が好調なときは問題ないが、業界の変化や予期せぬトラブルが起きたとき、事業と個人資産が同時に毀損するリスクがある。
マジューリが本書で強調するのは、リスクの分散は投資商品の選択だけでなく、「資産の置き場所」の分散でもあるという点だ。事業への再投資・個人の金融資産・不動産・現金という複数の器を意識的に設計することで、一つが崩れても全体が揺らがない構造を作れる。
③「富の階段」の自分の現在地を毎年確認する
本書が提案する習慣の中で、私が最も実用的だと感じたのが「自分の純資産を定期的に計算し、今どの段階にいるかを把握する」という習慣だ。経営者は会社の決算書は毎年見るが、個人の純資産(資産合計-負債合計)を計算したことがない人は多い。
自分の現在地を知らなければ、どの戦略を取るべきかも判断できない。「生活防衛資金は確保できているか」「高金利な負債はないか」「投資元本は積み上がっているか」——この三点を年に一度でも確認するだけで、意思決定の質は大きく変わる。
えだもんの現場視点——100社以上の支援で見えてきた「お金が残る経営者」の共通点
📝 えだもんの現場視点
100社以上の経営者の資金繰り相談に乗ってきて感じるのは、「補助金を得たあとの使い道」の判断力が経営者によって大きく異なるという事実だ。手元の現金が薄いまま設備投資に踏み込んで、翌年の資金繰りが一気に悪化するケースを何度も見てきた。「富の階段」の考え方を知っていれば、補助金という「臨時収入」をどの階段の資源として使うかを意識的に判断できるようになる。
九州を中心に100社以上の中小企業経営者に伴走支援をしてきた中で、個人の資産形成がうまくいっている経営者には明確な共通点があることに気づいた。
それは「事業のお金」と「個人のお金」を頭の中だけでなく、仕組みとして分けていることだ。役員報酬を固定化し、その中から自動積立の仕組みを作り、「考えなくても投資される状態」を早い段階で作っている。逆に、うまくいっていない経営者の多くは、毎月の状況を見ながら「今月は余裕があるから投資しよう、来月はきついから止めよう」という裁量判断をしている。これでは複利の力が十分に活かせない。
本書『THE WEALTH LADDER』はまさに、この「仕組み化」の重要性をデータと理論で裏付けてくれる一冊だ。
また、補助金支援や資金繰り相談の現場でも、本書の「富の階段」の考え方は非常に役立つ。補助金を獲得した経営者が「このお金で設備を入れましょう」と即座に使おうとするケースがあるが、本書の視点で言えば、まず「自分は今どの段階にいるか」を確認してから判断すべきだ。生活防衛資金や高コスト負債の問題が未解決なまま設備投資を優先しても、経営の安定は得られない。
さらに、法人化や事業承継を検討する経営者にとっても、本書の視点は重要だ。法人化は節税メリットが語られることが多いが、本質は「事業と個人の財布を制度的に分離し、それぞれの資産形成を最適化できる器を作る」ことにある。本書の「富の階段」で言えば、法人化は第3段階以降の投資加速を可能にするための「インフラ整備」と捉えると、その意義が明確になる。
この本が特に刺さる人・刺さらない人
こんな人に強くおすすめする
- 売上・収入は増えているのに、資産が積み上がっている実感がない人
- 「投資はしたいが、何から始めればいいかわからない」と感じている経営者
- 事業への再投資と個人の資産形成のバランスで悩んでいる個人事業主
- 感情ではなく、データと論理でお金の判断をしたいと思っている人
- 「いつか余裕ができたら資産形成を始めよう」と何年も思い続けている人
注意点・読む際のポイント
本書は米国の投資環境(401kやRoth IRAなど)を前提とした記述が一部含まれており、日本の制度(NISAやiDeCoなど)と直接対応しない部分もある。ただし、「富の階段」という概念的なフレームワーク自体は普遍的であり、日本の経営者・個人事業主にそのまま応用できる。制度の具体論は日本の税理士やFPに相談しながら、本書の「考え方の地図」を借用するというスタンスで読むのがベストだ。
また、本書はデータと統計を多用するため、グラフや数字が得意な人ほど「腹落ち感」が強い。直感や感覚で経営している人が読むと「難しい」と感じるかもしれないが、そういう人にこそ読む価値がある一冊だとも言える。
📝 えだもんの現場視点
事業承継の相談で経営者の個人純資産を確認すると、会社の株式評価額が「資産」の大半を占めているケースが非常に多い。事業が会社ごと次の世代に渡った後、手元に残る個人の流動資産がほとんどない——という現実を目の当たりにすることがある。法人化や承継の設計を「富の階段」の観点で見直すことで、オーナー自身の老後の安心も同時に設計できると、私は支援の現場で強く感じている。
本書のタイトルにある「富の階段(WEALTH LADDER)」というメタファーは秀逸だ。一段飛ばしで上に行こうとすると足を踏み外す。しかし一段一段を確実に上っていけば、必ず上に到達できる。経営者として、事業という梯子と個人資産という梯子を同時に設計できる人が、長期的に「豊かな経営者」になっていける——本書はそのことを、静かに、しかし力強く教えてくれる。
「収入は増えたのに手元にお金が残らない」という感覚を抱えているなら、今すぐ本書を開いて、自分が今「富の階段」のどの段にいるかを確認してみてほしい。
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『THE WEALTH LADDER 富の階段』(ニック・マジューリ)
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明日の一手
知識は行動に変えて初めて意味を持つ。本書を読んで終わりにせず、今日から一つだけ動いてみよう。
- 自分の個人の「純資産」を計算してみる。預金・投資残高・不動産などの資産合計から、住宅ローン・カードローンなどの負債を引いた数字を紙に書き出す。まず「自分の現在地」を数字で把握することが、富の階段を上る第一歩だ。
- 役員報酬や給与の中から「投資・貯蓄に先取りする金額」を決め、自動積立の設定を一つ作る。NISAの積立額を設定するだけでもいい。「余ったら投資」から「最初から投資」へのシステム転換を、今週中に一つ仕組みとして動かしてみる。
- 毎月末に「今月の収入・支出・貯蓄率」を5分間だけ記録する習慣を始める。家計簿アプリでも簡単なスプレッドシートでも構わない。1ヶ月間続けると「自分の貯蓄率」が数字で見えてくる。その数字が、次の戦略を決める最も重要な指標になる。
この記事のまとめ(Q&A)
収入が増えたのに手元にお金が残らないのはなぜ?
収入が増えるにつれて生活水準も自然に引き上げてしまう「ライフスタイル・インフレ」が原因の一つです。『THE WEALTH LADDER 富の階段』では、収入と支出が同じペースで増えると手元に残る割合が変わらないか悪化することがあると示されています。問題は収入の絶対値よりも、収入と支出の差をどう設計するかにあります。経営者の場合は、事業のお金と個人のお金の境界が曖昧になり、個人の資産形成が後回しになりやすい点も重なります。
「富の階段」とは?
富を築く過程を一本の道ではなく、段階として捉える考え方です。第1段階は生活防衛資金の確保、第2段階は高金利の負債の解消、第3段階は投資による資産の加速、第4段階は生活水準の引き上げとされています。この順序を守らずに投資と生活水準の引き上げを同時に進めると、どちらも中途半端になります。まず自分が今どの段階にいるかを把握することが出発点です。
経営者が個人の資産形成を進めるには?
役員報酬の中に個人の投資枠を最初から組み込み、NISAやiDeCoへ自動で積み立てる仕組みを作る方法があります。「余ったら投資する」から「最初から投資する」へ切り替える考え方です。あわせて、個人の純資産(資産合計−負債合計)を年に一度計算し、生活防衛資金、高金利の負債、投資元本の三点を確認します。月末に収入・支出・貯蓄率を記録する習慣も、次の戦略を決める指標になります。
この記事の根拠と執筆背景
執筆者について
枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士。九州を中心に100社以上の中小企業経営者に伴走支援を実施。補助金・資金繰り・組織づくり・事業承継が専門領域。14年でビジネス書2,000冊超を読破し、選書メディア「本で解く」(hondetoku.jp)を運営。レフティ合同会社 代表。
執筆・更新日
執筆: 2026-06-16 / 最終更新: 2026-06-16

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