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『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』(朝倉祐介)
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「毎期黒字なのに、なぜか会社が大きくならない」「利益は出ているはずなのに、手元にお金が残らない」——そんな悩みを抱える経営者は少なくない。
九州を中心に100社以上の中小企業に伴走してきた筆者(えだもん)も、この問いに何度も直面してきた。決算書の数字は悪くない。税理士にも「問題ありません」と言われている。それでも経営者の顔には、どこか晴れない表情が浮かんでいる。
その「もやもや」の正体を鮮明に言語化してくれた一冊が、朝倉祐介著『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』だ。本書は「利益至上主義」という日本企業に深く根付いた病を解剖し、長期的な企業価値を高めるための思考法を丁寧に説いている。大企業向けの理論書に見えて、その本質は中小企業経営者・個人事業主・起業家にこそ刺さる内容である。
この記事では、本書の核心を「現場目線」で読み解き、明日から使える経営の視点をお届けする。
「利益が出ているのに成長しない」——その正体は「PL脳」という病
📝 えだもんの現場視点
補助金支援の現場で気づいたのは、「PL上は黒字なのに手元に資金がない」という経営者の多さだ。売掛金の回収サイトと支払サイトのズレを把握していないケースがほとんどで、キャッシュフロー計算書を一度も読んだことがないという社長も珍しくない。財務三表を一体で読む習慣がないまま経営している企業が、九州だけでも相当数存在すると実感している。
PL脳とは何か
本書が最初に切り込むのが、「PL脳」という概念だ。PLとは損益計算書(Profit & Loss Statement)のこと。PL脳とは、経営の意思決定をすべて「今期の売上・利益」という単年度の損益ベースで判断してしまう思考習慣を指す。
たとえば、新規事業への投資を検討するとき、「今期の利益が下がるからやめよう」と判断する。採用を増やしたいとき、「人件費が増えるから来期に回そう」と先送りする。こうした判断は一見「堅実な経営」に見えるが、本書はこれを「企業の長期的な価値を削り続ける行為」と明確に断言している。
なぜPL脳が中小企業に蔓延するのか
中小企業においてPL脳が広がる背景には、いくつかの構造的な理由がある。
- 税理士・会計士との関わりが「税務申告」中心になりがちで、PL(損益)の最適化が目的化している
- 金融機関の融資審査が「直近の利益」を重視するため、短期利益を意識せざるを得ない
- 補助金・助成金の申請要件が「収益性」に紐づくケースが多く、利益を出し続けることが目的になる
これらは決して「悪」ではない。しかし、「利益を出すこと」が目的になった瞬間に、経営の方向性が歪み始める。本書はその歪みに、正面から警鐘を鳴らしている。
「ファイナンス思考」とは何か——企業価値から逆算する経営
ファイナンス思考の定義
本書が対置するのが「ファイナンス思考」だ。ファイナンス思考とは、「将来にわたって生み出すキャッシュフローの現在価値=企業価値」を最大化することを目的に、経営資源を配分する思考法である。
簡単に言えば、「今の利益」ではなく「将来生み出す価値の総量」から逆算して意思決定をする、ということだ。
この考え方において、今期の利益が下がること自体は問題ではない。将来の価値創出につながる投資であれば、むしろ積極的に利益を「使う」べきだと本書は説く。
DCFとROICという二つの武器
本書では、ファイナンス思考を実践するための代表的な指標としてDCF(割引現在価値)とROIC(投下資本利益率)が紹介される。
DCFは「将来のキャッシュフローを現在の価値に換算する」手法。ROICは「投じた資本に対してどれだけのリターンを生んでいるか」を示す指標だ。
中小企業経営者にとって、これらの指標は「大企業が使うもの」と感じるかもしれない。しかし本質は至ってシンプルだ。「この投資は、将来いくら生み出すか? そのリターンは資本コストを上回るか?」——この問いを持てるかどうかが、PL脳とファイナンス思考の分岐点である。
「資本コスト」という見えないハードル
本書の中で特に印象的なのが、「資本コスト」の概念だ。投資家や金融機関から調達した資金には「期待リターン」というコストが存在する。それを下回るビジネスをいくら続けても、企業価値は毀損し続ける。
中小企業では「借入金利=資本コスト」と単純化して考えることも可能だが、「この事業は借入金利以上のリターンを生んでいるか?」という問いを持つだけで、経営判断の質は劇的に変わる。
「投資か、コストか」——中小企業経営者が最も悩む判断軸が変わる
採用・設備・マーケティングはコストではなく投資
本書を読んで最も腹落ちするのが、「何がコストで何が投資か」という判断軸の再定義だ。
PL脳では、採用費・設備投資・広告費はすべて「費用」として計上され、利益を圧迫するものとして扱われる。しかしファイナンス思考では、将来のキャッシュフローを生み出す源泉であれば、これらはすべて「投資」として評価される。
たとえば、優秀な営業スタッフを一人採用するコストが年間500万円だとしよう。その人材が5年間で3,000万円の売上増をもたらすなら、これは明らかに「投資」である。しかしPL脳の経営者は、「今期の人件費が500万増える」という事実だけを見て、採用を断念する。
「節税」という罠——利益を消すことの代償
中小企業経営者にとって身近な問題として、本書の視点は「過度な節税」にも当てはまる。
利益が出ると税金を払いたくないという心理から、不必要な設備を購入したり、経費を無理に使い切ろうとしたりする経営者は多い。しかしこれは、「企業価値を生まない支出で利益を消す行為」であり、ファイナンス思考とは真逆の行動だ。
税金を払ってでも内部留保を厚くし、将来の投資余力を高めることの方が、長期的な企業価値向上につながる——本書はこの逆説的な真実を、データと論理で丁寧に示している。
成長企業はなぜ「赤字でも評価される」のか——企業価値の正体
📝 えだもんの現場視点
決算前に「利益が出すぎているから節税目的で車を買おうと思う」と相談してきたサービス業の社長がいた。「その車は3年後のキャッシュを生みますか?」と問い返すと、長い沈黙の後に「生まない」と答えが返ってきた。その資金は翌年の採用投資に充て、2年後には売上が約1.4倍に成長した。経営者への「問い」を変えるだけで、判断の質は劇的に変わると確信した瞬間だった。
アマゾンが教えてくれること
本書の中で繰り返し登場する事例が、アマゾンだ。アマゾンは長年にわたって意図的に利益をほぼゼロに抑え、すべてのキャッシュを再投資し続けた。PL脳で見れば「利益が出ない企業」だが、株式市場はアマゾンを世界最高水準の企業価値で評価してきた。
なぜか。投資家は「現在の利益」ではなく「将来生み出すキャッシュフローの総量」を見ているからだ。この視点は、上場企業だけの話ではない。事業承継・M&A・融資審査のすべてにおいて、企業価値の本質は「将来の稼ぐ力」にある。
中小企業の「企業価値」はどこで決まるか
中小企業のM&Aや事業承継においても、買い手が最終的に評価するのは「この会社は将来どれだけのキャッシュを生み出せるか」という点だ。
直近の利益が高くても、その利益が再現性のない一時的なものであれば評価は低い。逆に、利益水準が低くても、強固なビジネスモデルと成長投資の蓄積があれば高く評価される。
筆者が事業承継支援を行う中でも、「帳簿上の利益」と「実態の企業価値」にギャップがある企業を何度も目にしてきた。そのギャップを埋める鍵が、まさにファイナンス思考にある。
現場で使えるファイナンス思考——中小企業経営への翻訳
「3年後のキャッシュフロー」から逆算する習慣
ファイナンス思考を中小企業に実装する最初のステップは、「3年後に自社がどれだけのキャッシュを生み出しているか」をイメージする習慣を持つことだ。
精緻な財務モデルは必要ない。「3年後の売上はどうなっているか」「そのために今何に投資すべきか」「今の投資が将来のキャッシュ創出につながっているか」——この問いを経営判断の都度、頭の中に持つだけでいい。
本書はこの思考回路を「ファイナンス思考の筋トレ」と表現している。最初はぎこちなくても、繰り返すうちに自然と長期視点で物事を見る習慣が身についていく。
財務リテラシーの「最低限のライン」を引き上げる
本書の後半では、経営者が最低限持つべき財務リテラシーが丁寧に解説されている。難しい数式ではなく、「この数字が何を意味し、どんな意思決定につながるか」という実践的な読み解き方だ。
特に中小企業経営者に響くのが、「PLだけ読める人」と「BSとCFも読める人」の差についての記述だ。貸借対照表(BS)とキャッシュフロー計算書(CF)を読む習慣を持つことで、会社の「今の状態」だけでなく「体力」と「稼ぐ仕組みの健全性」が見えてくる。
「顧問税理士との対話」を変える
多くの中小企業経営者にとって、財務の窓口は顧問税理士だ。しかし税理士との対話が「税務申告・節税」に終始している場合、ファイナンス思考は育ちにくい。
本書を読んだ後は、税理士への質問を変えてみてほしい。「今期の利益はどうでしょうか」ではなく、「この投資は将来のキャッシュフローにどう影響しますか」「自社の資本コストに見合ったリターンが出ていますか」と聞いてみる。その対話の変化が、経営の質を一段引き上げる入口になる。
えだもんの現場から——100社超の伴走で見えたファイナンス思考の欠如と覚醒
「黒字倒産」の一歩手前で気づいた経営者たち
補助金・資金繰り支援の現場で痛感するのは、「PL上の利益」と「手元資金の枯渇」が同時に起きる怖さだ。売上・利益ともに好調なのに、売掛金の回収サイトと支払サイトのズレで資金繰りが逼迫するケースは珍しくない。これはまさに、PLしか見ていない経営の盲点である。
本書を読んでから支援先にキャッシュフロー計算書の読み方を伝えると、「これまで全く見ていなかった」という反応が圧倒的に多い。財務三表を「一体として読む」習慣こそが、経営者の土台になると確信している。
「投資か節税か」——判断が変わった社長の事例
あるサービス業の社長が、決算前に「利益が出すぎているから車を買おうと思う」と相談してきた。ファイナンス思考の視点で「その車は3年後のキャッシュを生みますか?」と問い返すと、長い沈黙の後に「生まない」と答えが返ってきた。その資金は翌年の採用投資に回され、2年後には売上が1.4倍になった。問いを変えるだけで、経営判断は変わる。
事業承継支援で見えた「企業価値」の本質
事業承継の支援をしていると、帳簿の利益と買い手評価のギャップに驚く経営者が多い。「毎年800万円の黒字なのに、なぜ評価が低いのか」という問いに対し、本書の視点で答えるなら明快だ。買い手は過去の利益ではなく、将来生み出すキャッシュの再現性と成長性を見ている。利益の「質」と「持続性」を高める経営こそが、最大の出口戦略になる。
まとめ——「利益を出す経営」から「価値を創る経営」へ
📝 えだもんの現場視点
事業承継支援の場面で、帳簿上は毎年800万円の黒字なのに買い手の評価が想定より大幅に低く、経営者が困惑するケースを何度も見てきた。買い手が見ているのは過去の利益の数字ではなく、将来キャッシュフローの再現性と成長ポテンシャルだ。利益の「量」より「質と持続性」を高める経営こそが最大の出口戦略になる——本書はその事実をデータと理論で裏付けてくれる一冊だ。
本書『ファイナンス思考』が伝えるメッセージは、シンプルにして深い。「今の利益を守る経営」から「将来の価値を創る経営」へ——その転換こそが、日本企業の再生の鍵であり、中小企業・個人事業主・起業家が次のステージへ進む突破口だ。
難しい数式を覚える必要はない。まず必要なのは、「この意思決定は将来の価値創出につながるか?」という問いを、日々の経営判断に組み込むことだ。
14年間・2,000冊以上のビジネス書を読んできた中で、財務リテラシーの入口として経営者に最も勧めたい一冊の一つが、本書だ。読了後には、きっと自社の決算書の見え方が変わっているはずだ。
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『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』(朝倉祐介)
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明日の一手
本書の学びを「読んで終わり」にしないために、今日からできる具体的な一歩を整理しておこう。小さなアクションの積み重ねが、経営の思考回路を確実に変えていく。
- 直近の決算書を手元に出し、損益計算書(PL)だけでなくキャッシュフロー計算書(CF)を開いてみる。「営業CF・投資CF・財務CF」の3つの数字を確認し、自社のお金の流れを5分間眺めるだけでいい。「読める・読めない」は関係なく、「意識を向けること」が最初の一歩だ。
- 今週中に、自社の経営判断を一つ取り上げ、「これは投資か、コストか?」を問い直してみる。採用・設備・広告・外注費など何でもいい。「今期の費用」という視点ではなく、「3年後のキャッシュ創出につながるか?」という問いで再評価する。この思考実験を週に一度続けるだけで、ファイナンス思考の筋力がついていく。
- 1ヶ月後を目標に、顧問税理士や経営相談相手との対話テーマを「節税・今期利益」から「将来キャッシュフローと投資判断」へシフトさせる習慣をつくる。月次の試算表を受け取る際に「この数字は将来の価値創出につながっているか」を必ず一つ質問するルールを設けると、財務リテラシーが自然と底上げされていく。
この記事の根拠と執筆背景
執筆者について
枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士。九州を中心に100社以上の中小企業経営者に伴走支援を実施。補助金・資金繰り・組織づくり・事業承継が専門領域。14年でビジネス書2,000冊超を読破し、選書メディア「本で解く」(hondetoku.jp)を運営。レフティ合同会社 代表。
執筆・更新日
執筆: 2026-06-11 / 最終更新: 2026-06-11

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