社員が辞めない会社の社長は「話を聞いている」|2年で従業員3倍の実例から『人は聞き方が9割』を検証する

経営改善

社員が辞めず紹介採用が続く会社——2年で従業員10名→約28名の実例

2022年頃、僕は人材派遣とイベント事業を営む33歳の社長から相談を受けました。スキルのあるフリーランスが集まったようなチーム型の会社で、社員は当時10名弱。給料はしっかり払えているので退職者は少ない。

ただ、社長の悩みはそこにありました。「会社のために何かをしようという気持ちが薄い」「辞めないけれど、働く理由が給料だけに見える」——そう話していました。

あれから2年、この会社は従業員数が約28名まで増加し、増員の7割以上が既存社員からの紹介採用という希少なパターンで成長しました。しかも新規採用の多くは、既存社員からの紹介です。「辞めない」どころか「仲間を呼んでくる会社」になっていました。

今日話したいのは、この変化の中心にあったのが「聞き方」だったという事実です。永松茂久さんの『人は聞き方が9割』を手がかりに、この会社で何が起きたのかを再現可能な形で分析します。

この会社が成功した理由を分解する

表面的に見ると、この会社の成長は「社長がカリスマだったから」で済ませられそうに見えます。実際、この社長は営業力があり、人脈拡大も上手い。ただ、伴走していた僕から見ると、本質はそこではありませんでした。

変化の分岐点は、僕がこの社長に「辞めないこと自体が、会社に対する愛着の証ではないですか」と問いかけた会話でした。社長は最初、この言葉を受け入れられませんでした。「辞めないのは給料が払えているからだ」と譲らなかった。

ただ、この問いを皮切りに、社長と社員の会話の質が変わり始めました。具体的には、社長が社員の話を聞く姿勢が変わったのです。

それまでの社長は、社員の発言に対して「それは違う」「もっとこうすべきだ」と即座に返していました。経営者として真っ当な反応です。ただ、これが社員側には「言っても無駄」という学習を成立させていた。

本書の理論で検証する——何が効いていたのか

変化後の社長の会話を観察すると、永松茂久さんの本書が説明している要素がいくつも現れていました。

1つ目、拡張話法の導入。「そうなんだ」「知らなかった」という受け止めが増えた。特に効いていたのが「知らなかった」です。社長が「自分も全てを知っているわけではない」と認める言葉を発することで、社員側の「話しても否定されない」という安全感が育った。

2つ目、否定しないルール。社員が現実離れしたアイデアを出しても、最初に否定しない。「そうなんですね」で一度受けてから、後で検討する。この1拍のずれが、社員側の発言頻度を大きく変えた。

3つ目、ペーシング。社長の話すスピードが、相手に合わせて変わるようになった。早口の社長がゆっくり話す社員に合わせる。この合わせる姿勢が信頼の土台を作った。

本書が説明していることが、この会社で自然に再現されていた。再現できる理由は明確で、社長自身の「思い込み」が外れたからでした。

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なぜ社員は辞めないのか——聞き方と帰属意識の関係

一般的に、従業員定着の話は「給与」「福利厚生」「職場環境」の3軸で語られがちです。ただ、転職が容易で退職代行まで使われる時代、これらだけでは社員は残りません。

転職容易時代に社員を引き留めるのは、「ここは自分の話を聞いてもらえる場所だ」という実感です。これは給与では買えません。そして、社長の聞き方ひとつで作り出せる・失われる、繊細な資産です。

本書は「聞き方で人は好かれる」と説明していますが、中小企業経営者にとっての意味は、「聞き方で社員は残る」です。同じ技法が、対人関係の一般技術からビジネスの定着戦略に翻訳されます。

別業種への応用可能性——不動産会社でも起きた同じパターン

この「聞き方で定着」のパターンは、人材派遣業だけのものではありません。

2024年秋から支援している不動産関連の法人(代表+従業員1名・年商5,000万未満)でも、似た変化が起きました。34歳の社長が従業員に対する問いを「やれますか」から「どの業務を僕から引き取る方が負担が少ないですか」に変えた。1年後、会社全体の売上と利益が伸び、従業員は継続して働いています。

規模は違えど、構造は同じです。社長が問いの主語を自分側に変えることで、従業員側の「聞いてもらえている」感覚が育つ。結果として、定着につながる。

真似してはいけないポイント

この会社のパターンを真似るときに注意したい点が2つあります。

1つ目、社長の人徳を過大評価しない。「この社長はカリスマだから真似できない」と思いたくなりますが、実際の変化は「技法」の積み重ねです。カリスマ性は副産物であって、原因ではない。

2つ目、即効性を求めない。この会社は2年かけて変わりました。本書の技法を1週間試して「効かない」と判断するのは早すぎる。最低でも3ヶ月、可能なら6ヶ月の継続が必要です。

明日の一手:退職しそうな社員ではなく、辞めなさそうな社員に時間を使う

ここまで読んでくれた経営者に、逆説的な提案をします。

多くの経営者は、辞めそうな社員との会話に時間を使います。引き留めようとする。ただ、この会話は往々にして遅すぎる。

代わりに、今「辞めなさそうな社員」に週15分の時間を投資してください。雑談ではなく、本書の拡張話法と否定しないルールを意識した傾聴の時間です。

この15分が、社員側の「辞めない理由」を強化します。辞めるタイミングが来ても踏みとどまる、周囲に「いい会社だ」と話し始める。その蓄積が2年後に現れます。

本書は「聞き方が9割」と書きますが、中小企業経営者にとってそれは「聞き方で定着率が決まる」と翻訳できます。

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この記事の根拠と執筆背景

主要な参考書籍

本記事は永松茂久 著『人は聞き方が9割』の理論を、中小企業の従業員定着という文脈で再検証したものです。

引用した支援事例について

  • 事例1: 人材派遣+イベント事業を営む会社における2022年頃〜現在の定期コミュニケーションに基づきます。経営者は33歳(相談時)。2年で従業員3倍。社名・個人名は匿名化。
  • 事例2: 不動産関連法人(代表+1名・年商5,000万未満)における2024年秋〜現在の支援経験に基づきます。社名・個人名は匿名化。

執筆日・最終更新日

執筆: 2026-04-20 / 最終更新: 2026-04-20

著者について

枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士、複数法人経営者。九州中心に経営者の伴走支援を実施。

えだもん (中小企業診断士)

中小企業診断士/連続起業家。21歳で起業、以来14年でビジネス書2,000冊超を読破。実務で効いた本だけを紹介する「課題突破の選書エージェント」運営者。

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