「解像度が高い経営者」だけが勝てる時代——本心の言語化が経営判断を変える

マインドセット

「うちの会社、もっと業績を伸ばしたいんです」

「優秀な人材を採りたい」

「もっと利益率を上げたい」

顧問先の経営者から、こうした言葉を聞かない日はありません。けれど、僕がいつも返す質問はだいたい同じです。「『業績を伸ばす』って、具体的に何がどうなった状態ですか」。

たいてい、ここで一瞬、社長の言葉が止まります。沈黙が降りる。そして次に出てくるのは「いや、つまり……」と、もう一段ぼやけた言葉だったりします。

権藤悠さんの『「解像度が高い人」がすべてを手に入れる』を読みながら、僕は何度もこの沈黙の場面を思い出していました。経営者の課題の多くは、戦略でも資金でもなく、自分自身の思考の解像度——もっと言えば、本心の輪郭がぼやけていることに起因しているからです。

症状:年商3億円までの社長を悩ませる「ふわっとした言葉」たち

顧問先と関わる最初の3ヶ月、僕がやっているのは「言葉の解像度を上げる作業」です。MQ会計の数字を整える前に、まず社長の言葉を整える。これをやらない限り、どんな計画書を作っても現場は動きません。

権藤さんは本書冒頭で、「解像度が低い」状態をこう定義しています。物事の理解が不十分で、質問されても具体的な答えが返せない。論点がずれたり、誰でも言えてしまう安易な提案しかできない、と。

これは経営者にもそのまま当てはまります。むしろ社員より経営者のほうが深刻です。社長の言葉のぼやけは、会社全体の方向性のぼやけに直結するからです。

僕が現場で頻繁に出会う「ふわっとした言葉」を3つ挙げます。

症状1:「優秀な人材」という言葉

採用に苦戦している社長ほど多用します。「優秀」の中身を5つ挙げてくださいと聞くと、3つ目で詰まる。年齢、経験、性格、業界、行動特性——どの軸なのか、社長自身が見えていない。

症状2:「もっと売上を上げたい」という言葉

本心がぼやけています。本当に欲しいのは売上か、利益か、自由な時間か、社員の笑顔か、社会的承認か。複数が混ざったまま、口に出しやすい「売上」に集約してしまう。

症状3:「ライバル会社に負けたくない」という言葉

競合の具体像が浮かんでいない。「あの会社」と言うとき、どのセグメントの、誰が買っているどの商品の、どの月の数字と比べているのか。比較の解像度がないまま「負けたくない」だけが先走っている。

共通するのは、言葉が抽象のまま放置され、行動に落ちないこと。社長の頭で像が結ばれないから、社員も動きようがありません。

真因:解像度が低いのではなく「本心の言語化」が止まっている

多くの経営本は「具体化しましょう」「数値化しましょう」と処方します。けれど僕は、診断士として顧問先に入るとき、もう一段奥の真因を疑います。

解像度が低いのではなく、本心を言語化することを社長自身が無意識に避けている——これが、現場で何度もぶつかってきた真因です。

権藤さんは本書で、「解像度が高い人」の3つの特徴を整理しています。物事が細かく見えていること、ユニークで鋭い洞察を得ていること、わかりやすく伝えられること。これを支えるのが具体化・抽象化・具体⇔抽象という3つの思考力です。

見事なフレームです。ただ経営者に当てはめるとき、僕は逆から見ます。3つの思考力を使う「対象」がぼやけているケースが圧倒的に多いからです。

「業績を伸ばしたい」を例に取ります。なぜ伸ばしたいのか。子供に会社を継がせたいから? 借入を返済して経営者保証を外したいから? 同業を見返したいから? 社員を路頭に迷わせない自分でありたいから?

どれが本心かで、打つべき手はまるで変わります。承継なら無形資産の積み上げ。経営者保証外しなら自己資本比率と利益率の改善。社員のためなら、人件費の絶対額をどう確保するかの設計になる。

本心の解像度が上がらない限り、いくら具体化思考を使っても、的の外れた施策に時間が消えていきます。年商3億円までのオーナーが「やっても進まない」と感じる正体はここです。

本書の言葉を借りるなら、画素数を増やす前に、レンズの向きそのものを問い直す。診断士としての僕の初手は、例外なくここから始まります。

処方箋:解像度を3層に分けて、上から順に立て直す

具体的にどう本心を言語化していくか。僕が現場でやっている手順を、本書の3つの思考力と接続しながら整理します。

第1層:目的の解像度(なぜ経営しているのか)

ここでは抽象化思考力を使います。社長の過去の意思決定を10個並べて、「これらに共通する判断軸」を1つの言葉で表現してもらう。創業時のエピソード、いちばん嬉しかった瞬間、いちばん辛かった撤退判断。共通点から、社長自身も気づいていなかった本心の輪郭が浮かびます。

第2層:戦略の解像度(誰に何を売るのか)

ここでは具体化思考力を使います。「うちの顧客」と一括りにせず、特定の一人を浮かび上がらせる。年齢、職業、家族構成、悩み、購入時の感情、買った後の行動。本書で権藤さんが営業の例で示している顧客像の解像度を、自社の主力商品で実際にやってみる。

第3層:実行の解像度(誰がいつ何をやるのか)

ここでは具体⇔抽象思考力を使います。第1層・第2層で言語化したものを、現場の社員に伝わる言葉に翻訳する。本書が指摘するように、相手の理解度に合わせて具体度を調整しないと、どれだけ社長の頭の中で像が鮮明でも、組織には伝わらない。

この3層を上から順番にやることが、僕が現場で見つけた処方箋です。多くの経営支援が空回りするのは、第3層から手をつけてしまうから。KPI設定もデジタル化も評価制度改定も、第1層が曖昧なままでは砂上の楼閣です。

CASE 1:人材派遣・33歳社長——「拡大したい」の裏にあった本心

僕が支援している人材派遣とイベント業の社長は、出会った頃から口癖のように「拡大したい」と言っていました。2年で従業員を3倍にする勢い、外から見れば快進撃です。

けれど面談を重ねるうち、本人の表情と言葉が噛み合わない。「拡大したい」と言う目の奥に迷いがある。そこで本書の抽象化トレーニングを応用しました。「これまでで『この仕事をやっていてよかった』と感じた瞬間を5つ挙げてください」。

共通点は意外でした。すべてが「派遣スタッフが現場で評価され、リピート指名された瞬間」。社員数でも、売上数字でも、新規拠点でもなかった。

そこから戦略の解像度が一気に上がりました。「拡大」の中身が、頭数から「指名されるスタッフを育てる仕組みづくり」へ再定義された。採用基準も評価制度も研修も、ここに紐づき整理された。「拡大したい」のままでは、この再設計はできませんでした。

CASE 2:製造業・50代二代目——現場と社長の解像度ギャップ

PCパーツ加工の製造業を経営する50代の二代目の事例です。従業員20名、年商2〜3億円。熊本の半導体の追い風で引き合いは絶えませんでした。

最初に出てきた言葉は「現場が指示通りに動かない」。よくある悩みですが、現場に入って気づいたのは、社長の言葉と現場の言葉が、違う層にあったことです。

社長は「品質を上げろ」と言う。現場リーダーに意味を聞くと、寸法精度と答える人、納期遵守率と答える人、検品工程と答える人がいる。社長の頭では1つの像でも、現場では3つに分裂していた。

ここで使ったのが本書の「具体⇔抽象思考力」です。社長の「品質」という抽象語を、現場の3つの具体語に分解し、数値目標と担当者を紐づけた。半年で不良率が目に見えて下がりました。

解像度ギャップを埋めるのは、量ではなく言葉の翻訳。本書のフレームが理論的な裏付けになりました。

ADVISORY:もし飲食店のオーナーが「もう一店舗出したい」と相談に来たら

仮に、繁盛飲食店のオーナーが「もう一店舗出したい」と相談に来たとします。多くの支援者は立地調査や資金繰りから入ります。僕なら、本心の解像度を上げる質問から始めます。

「もし2店舗目が今の店と同じくらい繁盛したとして、社長の生活はどう変わりますか」。この問いに、具体的な日常の絵が描けるか。

朝の出勤時間、誰と何を話す日々か、休日の過ごし方、5年後の家族との関係。ここがぼやけたまま2店舗目を出すと、売上が2倍になっても「思っていたのと違う」が始まります。本書の用語で言えば「成功した自分」の像の解像度が低いままなのです。

2店舗目の判断軸は、市場性でも資金でもなく、社長自身の本心の像から逆算されるべき。廃業や撤退の現場を見てきたからこそ、強く言えます。

明日の一手:解像度を上げる90日プラン

本書を読んで、自社の経営に効かせるための具体的な3ステップを示します。30日刻みで90日。これなら忙しい中小企業オーナーでも回せます。

1日目〜30日目:本心の言語化(目的の解像度)

毎週日曜の夜、30分だけ机に向かう時間を取る。1週目は「これまでで、経営をやっていてよかったと感じた瞬間を10個」書き出す。2週目はその共通点を1文にまとめる。3週目は、「もし今すぐ会社を売却するとしたら、いちばん惜しいものは何か」を書く。4週目は、これら3つの記述を社内の信頼できる相手に話して、フィードバックをもらう。これだけで、経営判断の軸が驚くほど明確になります。

31日目〜60日目:顧客の解像度(戦略の解像度)

主力商品を1つ選び、過去半年の購入顧客リストから、勝手にロイヤル顧客と呼べる5名を選ぶ。可能なら直接話を聞く時間を取る。難しければ、担当者から具体的な購入背景を聞き出す。年齢、職業、購入のきっかけ、決め手、買った後の感想。この5人から共通点を抽出し、「うちの主力顧客の輪郭」を1枚のシートに整理する。営業部・商品部・マーケ部で共有する。

61日目〜90日目:組織への翻訳(実行の解像度)

第1層・第2層で言語化した内容を、3つの階層別の言葉に翻訳する。経営幹部向け、中間管理職向け、現場スタッフ向け。同じ内容を、相手の理解度に合わせて3パターンの具体度で語れるようにする。本書の「具体⇔抽象トレーニング」の応用です。これができたら、四半期の方針発表会で実際に話してみる。社員の反応で、自分の解像度がどこまで上がったかが測れます。

90日後、経営判断のスピードと深さが変わっているはずです。数字を追うより先に、自分の言葉を磨く。これは投資リターンの圧倒的に高い経営者の習慣だと、僕は現場で確信しています。

参考書籍・引用事例

参考書籍:権藤悠『「解像度が高い人」がすべてを手に入れる』SBクリエイティブ

本記事で参照した本書の章立て:「はじめに」、第1章「解像度がすべて」、第2章「どうしたら解像度は高まるのか?」、第3章〜第5章「具体化・抽象化・具体⇔抽象トレーニング」

引用事例(CASE 2件):

  • CASE 1:人材派遣+イベント業・33歳社長・2年で従業員3倍成長(えだもん支援事例 case_004)
  • CASE 2:製造業(PCパーツ加工)・50代二代目・従業員20名・年商2〜3億円・熊本半導体追い風(えだもん支援事例 case_002)

ADVISORY:飲食店2店舗目出店相談の架空事例(実在の特定事業者を指すものではない)

執筆日:2026年5月13日

著者紹介:枝元 宏隆(えだもと ひろたか)。中小企業診断士・社外CFO。熊本を拠点に、年商3億円規模までの中小企業オーナーへの伴走支援を専門とする。製造業・人材派遣・福祉施設・不動産など多業種の支援実績を持ち、本心の言語化を起点とした経営再設計を得意としている。

えだもん (中小企業診断士)

中小企業診断士/連続起業家。21歳で起業、以来14年でビジネス書2,000冊超を読破。実務で効いた本だけを紹介する「課題突破の選書エージェント」運営者。

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