本書の「5つの思考法」は中規模企業向けに書かれている
安藤広大さんの『リーダーの仮面』は、識学という組織論に基づいた優れた書籍です。提示される5つの思考法——ルール・位置・利益・結果・成長——は、組織を機能させるための普遍的な原理として機能します。
ただ、本書を中小企業の現場で実装しようとすると、ひとつの事実に直面します。本書が想定するのは従業員100人前後の中規模企業の中間管理職であり、従業員20名規模の中小企業にそのまま持ち込むと無理が出る箇所があるのです。
今日話したいのは、僕が実際に従業員20名規模の製造業で本書の5つの思考法を順に実装した記録です。2代目承継という背景もあり、本書の原理をそのまま適用できなかった箇所が多くありました。その補正も含めて、実装の順序を整理します。
実装の順序:本書の章順ではなく、中小企業の優先順位で
本書は「ルール→位置→利益→結果→成長」の順で章立てされています。ただ、中小企業での実装では、この順序を変える必要があります。
僕が支援した製造業(PC向けプラスチック加工、従業員20名・年商2〜3億)で採用したのは、「位置→ルール→利益→結果→成長」の順でした。なぜ位置が先かというと、中小企業では社長と従業員の「立場関係」がそもそも曖昧なことが多いからです。位置を明確にしないまま他の原理を持ち込むと、社員側が混乱します。
ステップ1:「位置」の明確化——2代目承継の文脈で最初にやるべきこと
この会社の社長は50代の2代目で、父から会社を継いだ後、古参社員との間に見えない壁がありました。従業員側は「2代目はボンボンで、金さえ良ければ従業員のことはどうでもいい」と思い込んでいた。実態は違うのに、社長の位置が曖昧だったために誤解が定着していました。
僕が最初に提案したのは、社長の「経営者としての役割」を言語化し、全社に伝えることでした。会社の方向性、社長として守ること、従業員に求めること。これをあえて書き出して、朝礼や面談で繰り返し伝える。
この過程は、本書が言う「位置」の確立に相当します。ただし本書は位置を「自然に確立するもの」として扱いますが、承継時は意図的に再構築する作業が必要でした。
ステップ2:「ルール」の明文化——中小企業には、そもそもルールが存在しないことが多い
本書は「ルールを徹底する」ことを推奨しますが、中小企業の現実は、そもそもルールが存在しないことが多い。「常識でやっている」「昔からこうやっている」が多数です。
この会社でも、業務ルール・評価基準・昇給ルールが明文化されていませんでした。社員一人ひとりが「暗黙の了解」で動いていた。
実装としては、まず「会社として守るべき最低限のルール10箇条」を書き出し、朝礼で共有しました。10個より多いと守れない、少ないと緩い。10個がちょうど機能するサイズでした。
本書はルールが既にある前提で話を進めますが、実装の手前にあるこの「書き出す」作業が、中小企業では最も時間がかかり、最も価値があります。
ステップ3:「利益」の一致——個人と組織の利益を接続する
3番目のステップが「利益」の一致です。個人の利益と組織の利益を接続する。
この会社で効いたのは、「会社が伸びれば賃金が上がる」という因果関係を数字で可視化することでした。売上と利益と人件費の関係、昨年との比較、業界平均との比較。これを四半期ごとに全社で共有する。
「賃金が上がらない理由は、会社全体の収益率が下がっているから」という事実を従業員が理解すると、会社の業績に関する当事者意識が生まれます。本書の「利益で人は動く」という原則は、中小企業では「利益の透明化」から始まると言い換えるのが正確です。
ステップ4:「結果」で評価——ただし中小企業では部分的に
本書が最も強く主張するのが「結果で評価する」です。プロセスは見ない、結果だけ見る。
ただ、中小企業では結果だけで評価すると従業員が萎縮するという実感があります。10人の会社で1人の失敗が月次売上の20%を削る規模感では、結果主義を徹底すると「失敗できない空気」が生まれ、挑戦そのものが減る。
この会社で採用したのは、「半期の大きな結果で評価」「月次は挑戦量を評価」という二段階でした。半年スパンでは結果を見る、月スパンでは挑戦の量と学習を見る。本書の原則を時間軸で分ける形で柔軟化しました。
ステップ5:「成長」——結果よりも前に、学習の仕組み
本書は成長を「結果の積み重ね」として扱いますが、中小企業では成長の前に「学習の仕組み」を組む必要があります。研修の時間が確保できない、学べる先輩がいない、という現実があるからです。
この会社では、業務の合間に5分だけ「昨日学んだこと」を共有する朝礼の時間を導入しました。これだけで、学習が個人の中に閉じず、組織知として積み上がる流れができました。
結果:売上は急伸しなかったが、定着率と紹介採用が生まれた
2023年春から約3年、緩やかな関わりを続けてきた結果、売上・利益の即時の大きな改善は見られていません。ただし従業員の定着率が上がり、紹介による新規採用も生まれる状態になりました。
そして近年、熊本のTSMC関連の半導体工場立ち上げを背景にPC関連の受注が増え、業績が伸びてきました。組織の土台が整っていたからこそ、この追い風を受け止められています。
本書が言う「仮面をかぶる」という姿勢は、中小企業では即効的な成果をもたらしません。ただ、3年スパンで見ると、組織の耐久力が明らかに変わります。
明日の一手:経営者が守るべきルール10個を紙に書き出す
本書の5つの思考法を中小企業で実装する最初の一歩は、経営者自身が「会社として守るべきルール10個」を紙に書き出すことです。社員向けではなく、まず自分の中で明文化する作業から始める。
書き出してみると、多くの経営者が気づきます。自分の中で「こうあるべき」と思っていたことが、実は曖昧だったこと。この気づきが、本書の「仮面」を被るための下地になります。
10個の書き出しは30分で終わります。本書の各章を読む前に、この30分を取ってみてください。本書の言葉の受け取り方が変わるはずです。
この記事の根拠と執筆背景
主要な参考書籍
本記事は安藤広大 著『リーダーの仮面』(ダイヤモンド社、2020年)の「5つの思考法」を、中小企業の従業員20名規模に翻訳して実装した記録です。
引用した支援事例について
- 事例: 製造業(PC向けプラスチック加工、従業員20名・年商2〜3億)における2023年春〜現在の支援経験に基づきます。経営者は50代・2代目。社名・個人名は匿名化。
執筆日・最終更新日
執筆: 2026-04-20 / 最終更新: 2026-04-20
著者について
枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士、複数法人経営者。九州中心に事業承継・組織改革の伴走支援を実施。

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