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『人は聞き方が9割』(永松 茂久)
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商談が終わったあと、「なんであんなにしゃべってしまったんだろう」と後悔したことはないだろうか。
自社のサービスの強み、導入事例、価格の根拠——準備してきた情報を一通り伝え終えて、ふと気づく。相手が何を困っているのか、何を本当に求めているのか、ほとんど聞けていない。結果、「また検討します」という返事をもらって終わる。
中小企業の経営者や個人事業主にとって、商談は会社の命運を左右する場だ。しかし多くの人が「話す準備」には時間をかけても、「聞く準備」はほぼゼロで臨んでいる。
本書『人は聞き方が9割』(永松茂久著)は、累計100万部を超えるベストセラーだ。「話し方」ではなく「聞き方」に特化した点が、ビジネスの現場で生きてきた人間ほど刺さる。今回は、営業・商談の文脈に絞って、この本の核心を解説する。
なぜ「話す力」より「聞く力」が商談を制するのか
📝 えだもんの現場視点
支援先の建設業の社長と商談の振り返りをしたとき、「相手が何に困っていると言っていたか」を聞いたら、答えに詰まってしまいました。商談中ずっと「どこで提案を切り出すか」を考えていたというんです。準備した提案資料を全部伝えることが目的になってしまい、相手の話を聞く余白がなかった。これは珍しいケースではなく、100社以上を見てきた私の経験でも、同じ状態に陥っている経営者が非常に多いと感じています。
人間の根本欲求は「わかってもらいたい」
永松氏は本書の冒頭でこう断言する。「人は誰もが、自分の話を聞いてほしいと思っている」。これは単なる感情論ではなく、人間の行動原理に根ざした洞察だ。
商談の相手、つまり見込み客や既存顧客の経営者も同じだ。彼らが本当に求めているのは、あなたのサービスの説明を聞くことではない。自分が抱えている問題や不安を、きちんとわかってくれる人間に出会うことだ。
「話す力」を磨いてきた営業マンは、どれだけ流暢に話せても、相手の「わかってもらいたい」欲求を満たすことができない。その結果、商談は情報の一方通行に終わり、信頼関係が生まれないまま終了する。
「聞いているふり」と「本当に聞く」の決定的な差
本書が指摘する重要なポイントのひとつが、多くの人が「聞いているふり」をしているという現実だ。うなずきながら、実は次に自分が何を話すかを考えている——心当たりがある人は少なくないはずだ。
永松氏は、本当に聞くとは「相手の言葉の背景にある感情や状況にまで意識を向けること」だと述べている。言葉の表面だけを拾うのではなく、その言葉が生まれた文脈ごと受け取る。これが「聞く技術」の出発点だ。
商談の場に置き換えると、「売上が落ちていて」という言葉の奥に、「このまま会社が続けられるか不安で眠れない夜がある」という感情が隠れていることがある。その感情まで受け取れるかどうかで、その後の提案の質がまったく変わってくる。
「聞く場」をつくる3つの準備
環境:相手が話しやすい「場の設計」をする
本書では、聞くことは技術であると同時に「場をつくること」でもあると説いている。どれだけ聞く姿勢があっても、環境が整っていなければ相手は本音を話さない。
商談では、まず物理的・心理的な「安心の場」をつくることが先決だ。具体的には、相手が話しやすいよう最初の数分は雑談に時間を割く、スマートフォンをしまう、メモを取る前に「メモを取っていいですか?」と一言断る、といった小さな配慮の積み重ねが効く。
永松氏が強調するのは、「この人は自分の話を聞いてくれる」という安心感を、最初の5分でつくれるかどうかだ。その安心感がなければ、相手は当たり障りのない答えしか返してこない。
姿勢:「否定しない」を徹底する
本書の中で特に印象的なのが、「否定しないことが最大の聞く技術だ」という主張だ。否定には、言葉の否定だけでなく、「でも」「しかし」といった接続詞による否定、表情による否定、沈黙による否定も含まれる。
営業の現場で多いのが、相手が競合他社の名前を出したときに、反射的に「それはうちの方が優れています」と返してしまうケースだ。これは相手の選択を否定していることになり、一瞬で心が閉じる。
まず「そうなんですね、どのあたりが気に入っていらっしゃいましたか?」と受け止める。この一言が、相手の本音を引き出す入口になる。
言葉:「オウム返し」と「感情の言語化」を使いこなす
本書が紹介するテクニックの中で、即実践できる代表格が「オウム返し(バックトラッキング)」だ。相手の言葉をそのまま繰り返すことで、「ちゃんと聞いています」というメッセージを非言語的に伝える。
さらに上級の技術が「感情の言語化」だ。相手の言葉の裏にある感情を言葉にしてあげる。「それは大変でしたね」「そこが一番不安なところなんですね」——こうした言葉が返ってきたとき、人は「この人はわかってくれている」と感じ、さらに深い本音を話し始める。
商談で相手の本音を引き出す「質問の設計」
クローズド質問ではなく、オープン質問を基本にする
永松氏は、質問の種類によって相手の心の開き方がまったく変わると述べている。「はい/いいえ」で答えられるクローズド質問は会話を止め、「どのように?」「なぜ?」「どんなことを?」といったオープン質問は会話を広げる。
商談で使いやすいオープン質問の例を挙げると、「今、一番頭を悩ませていることは何ですか?」「その課題が解決したら、どんな状態になりたいですか?」「これまでどんな方法を試してこられましたか?」といったものだ。
これらの質問はすべて、相手が「自分のこと」を話すための入口だ。自分のサービスの話に引き込もうとするのではなく、まず相手の世界に入っていくことが先だ。
「沈黙」を恐れず、むしろ使いこなす
本書の中で、日本人が特に苦手としているのが「沈黙に耐えること」だという指摘がある。相手が考えているときに沈黙が生まれると、つい話し始めてしまう。しかしそれは、相手の思考を中断させることになる。
沈黙は、相手が内面を整理しているサインだ。「今、何か大切なことを考えている」と捉えて、5秒、10秒待つ。その沈黙の後に出てくる言葉に、最も重要な本音が含まれていることが多い。
商談の場で沈黙を「間」として使いこなせるようになると、引き出せる情報の質が一段階上がる。これは練習が必要だが、意識するだけで変わり始める。
えだもんが100社以上の現場で見てきた「聞けない営業」の共通点
📝 えだもんの現場視点
九州で伴走支援をしていると、長く顧客に選ばれ続けている経営者には共通点があることに気づきます。全員、聞き方が圧倒的に丁寧なんです。ただし「量」ではなく「深さ」が違う。「最近どうですか?」と10回聞くより、「それはどういう意味ですか?」「そのとき、どんな気持ちでしたか?」と3回深掘りする方が、相手の本音に届く。この深さをつくる技術が、まさに本書で紹介されている「感情の言語化」と「沈黙を待つ姿勢」だと実感しています。
「提案したい欲」が本音を遠ざける
支援先の経営者と商談の振り返りをするとき、私が最初に確認するのは「相手が何に困っていると言っていたか」だ。残念ながら、答えられない経営者は少なくない。商談中、頭の中が「どこで提案を切り出すか」でいっぱいになってしまっているのだ。これは「提案したい欲」が「聞く余白」を奪っている状態だ。本書を読んで、この構造に名前がついた気がした。
「聞いた量」より「聞いた深さ」が信頼をつくる
100社以上を見てきてわかるのは、顧客から長く選ばれ続けている経営者は例外なく「聞き上手」だということだ。しかも量ではなく深さが違う。10の質問を浅く聞くより、3つの質問を深く掘り下げる方が、相手の「本当の課題」にたどり着ける。その深さをつくるのが、本書で紹介されているような「感情の言語化」や「沈黙を待つ姿勢」だと私は実感している。
中小企業の経営者こそ「聞く技術」が武器になる
大手企業には、ブランド力や価格競争力という武器がある。しかし中小企業にはそれがない代わりに、経営者が直接顧客と向き合えるという強みがある。その強みを最大化するのが「聞く力」だ。「社長が直接話を聞いてくれた」という体験は、それだけで強力な差別化になる。私自身、伴走支援の現場で最も大切にしているのが、この「聞く姿勢」だ。
本書から学ぶ「商談の場のつくり方」実践フレーム
商談を「3つのフェーズ」で設計する
本書の教えを商談の実務に落とし込むと、商談は次の3フェーズで設計できる。
- 場づくりフェーズ(最初の5分):雑談で安心感をつくる。相手の周辺情報(業界の近況、最近の出来事)から入り、「この人は自分のことを気にかけてくれている」という感覚を先につくる。
- 傾聴フェーズ(中盤20〜30分):オープン質問で相手の課題・感情・背景を引き出す。オウム返しと感情の言語化を繰り返しながら、本音が出てくるまで掘り下げる。
- 提案フェーズ(後半10〜15分):傾聴フェーズで得た情報をもとに、相手の言葉を使って提案する。「先ほどおっしゃっていた〇〇という課題に対して、私たちはこうアプローチできます」という構成にすると、相手は「自分のための提案だ」と感じる。
この設計で商談に臨むと、話す時間と聞く時間の比率が自然と「3対7」に近づいていく。これが本書が示す「聞き方が9割」の実践形だ。
「聞いた内容」を次回商談に活かすメモ術
せっかく深く聞いても、記録しなければ次に活かせない。商談後すぐに行いたいのが、相手が使っていた言葉をそのまま書き留めることだ。要約してしまうと、ニュアンスが消える。
記録すべき項目は3つだ。①相手が感情を込めて話していたこと、②繰り返し出てきたキーワード、③沈黙の後に出てきた言葉。この3点を押さえるだけで、次回の商談の質が大きく変わる。
📝 えだもんの現場視点
中小企業診断士として補助金支援や事業承継の相談に乗るとき、私が最初にやるのは「徹底的に聞くこと」です。経営者が話している間、私は提案を考えません。ただ受け取ることに集中する。すると、30分後には相手が自分で「こうすればいいかもしれない」と言い始めることがある。大手にはブランドがある。でも中小の経営者には「社長が直接聞いてくれた」という体験を届けられる。その体験こそが、最大の差別化だと確信しています。
本書『人は聞き方が9割』は、読んで2時間で読み終わる薄さながら、現場での使い勝手が非常に高い一冊だ。「話し方」の本は世に溢れているが、「聞き方」に特化した本でこれほど実用的なものは少ない。
商談で一方的に話してしまっていると感じるなら、今すぐ読んでほしい。次の商談から、場の空気が変わるはずだ。
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明日の一手
読んで「なるほど」で終わらせないでほしい。聞く技術は、使ってはじめて身につくものだ。今日からできる小さな一歩を、三つに分けてお伝えする。
- 次の商談・打ち合わせの前に、「最初の質問を一つだけ準備する」。「最近、経営で最も気になっていることは何ですか?」この問いを投げかけて、相手が話し終えるまで口を挟まない。それだけでいい。準備資料は後回しでいい。まず聞くことを最優先にした商談を、今日一度だけ試してみてほしい。
- 商談が終わったら5分以内に「感情メモ」を書く習慣を始めよう。①相手が感情を込めて話していた場面、②繰り返し出てきたキーワード、③沈黙の後に出てきた言葉——この3点をスマホのメモでいいので書き残す。今週の商談で3回繰り返すだけで、「相手をどれだけ聞けていたか」が可視化されてくる。
- 1ヶ月間、すべての商談で「オウム返し」と「感情の言語化」を意識して使い続ける。最初はぎこちなくて当然だ。それでも続けていると、30日後には相手の反応が変わってくる。「話しやすかった」「よくわかってもらえた」——そんな言葉が返ってきたとき、あなたの「聞く力」は確実に一段階上がっている。その変化を、月末に自分で確認してほしい。
この記事のまとめ(Q&A)
商談で相手の本音を引き出すには?
『人は聞き方が9割』では、聞くことを技術であり「場づくり」でもあるものとして扱っています。最初の5分は雑談で安心感をつくり、相手の話を否定せずに受け止めます。そのうえで、相手の言葉をそのまま返すオウム返しと、言葉の裏にある感情を言葉にする感情の言語化を使います。これを重ねると、相手は「わかってもらえた」と感じ、さらに深い話をしやすくなります。
商談で聞く力を高める質問のしかたとは?
「はい/いいえ」で終わるクローズド質問ではなく、「どのように?」「なぜ?」といったオープン質問を基本にします。たとえば「今、一番頭を悩ませていることは何ですか?」「その課題が解決したら、どんな状態になりたいですか?」といった問いです。相手が考えて黙ったときは話し始めず、5秒から10秒待ちます。沈黙の後に出てくる言葉に、重要な本音が含まれていることが多いからです。
商談はどのように設計すると、聞く時間を増やせる?
商談を3つのフェーズに分けます。最初の5分は雑談で安心感をつくる場づくり、中盤の20〜30分はオープン質問で課題や感情を引き出す傾聴、後半の10〜15分は聞いた内容をもとにした提案です。提案では相手が使った言葉を用いると、「自分のための提案だ」と感じてもらいやすくなります。この設計で臨むと、話す時間と聞く時間の比率が3対7に近づきます。
この記事の根拠と執筆背景
執筆者について
枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士。九州を中心に100社以上の中小企業経営者に伴走支援を実施。補助金・資金繰り・組織づくり・事業承継が専門領域。14年でビジネス書2,000冊超を読破し、選書メディア「本で解く」(hondetoku.jp)を運営。レフティ合同会社 代表。
執筆・更新日
執筆: 2026-06-16 / 最終更新: 2026-06-16

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