『起業は意志が10割』が中小企業オーナーに刺さる理由
守屋実さんの『起業は意志が10割』は、企業内起業17本、独立起業21本、週末起業14本という「52=17+21+14」を生きてきた起業のプロが、新規事業の打席に立ち続けるための条件を語った一冊だ。社会課題を解決する事業を立ち上げたい人に向けて書かれているが、僕は中小企業診断士として年商立ち上げ期から3億円規模の経営者と現場で向き合うなかで、この本を「既存事業の二の矢を放ちたいオーナー」にこそ薦めている。
守屋さんは本書の冒頭で、新型コロナ蔓延を「全世界同時多発的に『不』が起きた歴史的事件」と位置づけ、その『不』を解決する競争に乗ることが新規事業の本道だと書く。そして、そこに乗るための一番目の条件を「意志」と定義した。本書のタイトルは比喩ではない。守屋さんは本気で、起業の成否は意志が10割だと書いている。
僕がこの主張を中小企業の現場に持ち込みたいと思った理由は、年商1億円から3億円のラインで二の矢に挑む経営者の九割が、市場分析の精度ではなく「自分が本当にやりたいか」のところで止まっているからだ。経営計画書のフォーマットは整っているのに、社長の目が泳ぐ。融資稟議は通りそうなのに、社長が眠れない。そういう案件に何度も立ち会ってきた。守屋さんの言葉を借りるなら、彼らに足りていなかったのは情報ではなく、意志だった。
守屋実が「意志が10割」と言い切れる根拠
本書では、起業に大事な9つのポイントの第一に「起業は意志が10割」が置かれている。守屋さんは、自身が30年で立ち上げてきた事業の勝ち負けを振り返り、成功と失敗をこう定義し直した。
- 成功=着手しきれた時、失敗でも十分にやった時
- 失敗=着手しなかった時、実行を見送り続けた時
普通に読むと挑発的に見える定義だが、現場感覚では妥当だ。新規事業は、立ち上げから黒字化までに何度も窮地が訪れる。守屋さんの言い方をそのまま借りれば「ビジネスを作っていく中で、何回も窮地に立たされるので、強い信念がなければ絶対に続かない」。意志が薄い案件は、市場が良くても折れる。意志が濃い案件は、市場が悪くても粘る。だから10割という強い表現になる。
守屋さんはここで、もうひとつ重要な戒めを置いている。「減った売り上げを穴埋めするために新規事業を作ってはいけない」。補填を主語にした瞬間、お客様の『不』ではなく自社の『不』を解こうとしてしまうからだ。本書の文脈では、新規事業の起点はあくまで顧客側の『不』であり、そこに自分の意志が刺さるかどうかが分岐点になる。
この一節を、僕は中小企業オーナーへのコーチングで何度も持ち出している。なぜなら、二の矢の動機が「既存事業が頭打ちだから」「資金繰りが心配だから」になっている経営者ほど、新規事業の手応えを感じる前に止めてしまうからだ。守屋さんの主張は、補填動機への警告として読める。
「人は、考えたようにはならない。おこなったようになる」を社長の意思決定リズムに移す
序章の終わりに置かれた著者からのメッセージに、僕が一番付箋を貼った言葉がある。「人は、考えたようにはならない。おこなったようになる」だ。守屋さんはこの一行を、起業を考えている読者への号令として書いている。読み終えてから動くのではなく、読んでいる途中から動き出してほしい、と。
中小企業の経営者にとって、この言葉は新規事業だけの話ではない。既存事業の改善も、価格改定も、採用も、社長が「考えたかどうか」ではなく「動いたかどうか」が翌期のPLを決める。意志を必要条件として扱うとは、社長の頭の中で「やりたい」を温めることではなく、社長のスケジュールに「やる時間」を物理的に確保することだ。
守屋さんが本書で繰り返し書いているのは、商機と勝機が乱立する時代に勝つのは「行動に移すことによる勝負」だという点である。机上で計画を磨くフェーズと、現場で打席に立つフェーズの比率を、後者に大きく寄せ直す。これが意志を運用するということだと、僕は理解している。
事例で読み解く ─ 中小企業オーナーの「意志」はどこで折れるか
CASE 1:生命保険代理店オーナーの新規事業が苦戦中(case_003)
僕が伴走している生命保険代理店のオーナーは、本業に手応えを感じつつも、運動関連の新規事業に挑戦している。コンセプトはきれいに整理できているし、ターゲット顧客の輪郭もぼやけていない。しかし正直に書くと、立ち上げから一年以上が経過した今も、この新規事業は苦戦を続けている。
僕がこの案件を守屋さんの本に重ねて見直してみると、足りなかったのは市場分析でも資金でもなく、社長自身の打席数だった。本業の保険代理店が安定しているぶん、新規事業に投じる時間を「確保しなくてもなんとかなる」状態になっていたのだ。守屋さんが言う「強い信念がなければ絶対に続かない」局面は、外形上の窮地ではなく、社長が新規事業から無意識に距離を置く瞬間に訪れる。
このオーナーには、新規事業のレビューを社長カレンダーに固定枠で入れる、本業の優先順位より先に新規事業の打席を組む、という運用変更を提案した。守屋さんが書く「意志が10割」を、根性論ではなく時間配分のルールに変換する作業だ。結果はまだ道半ばだが、新規事業に対する社長の関与時間が物理的に増えた瞬間から、現場が動き出す手応えは確かにある。
CASE 2:人材派遣+イベントで2年で従業員3倍にした33歳社長(case_004)
もう一件、本書の主張を体現している経営者の話を書きたい。僕が支援した33歳の社長は、人材派遣とイベント運営を組み合わせた事業で、創業から2年で従業員数を3倍に伸ばした。同じ時期に同じ業態を始めた同年代の経営者と比べて、彼が際立っていたのは、市場分析の精度ではなく、社長の意思決定リズムだった。
具体的には、彼は新しい引き合いに対する一次返答を当日中に必ず出していた。提案書の完成を待たず、「やります、詳細は明日詰めます」を先に投げる。守屋さんが「意志あるスピード」と呼んだ態度を、現場の作法に落とし込んでいた。
もちろん、スピード一辺倒では事故も起きる。実際、立ち上げ初期には粗が目立つ場面もあった。それでも守屋さんが書くように、新規事業は「動いた人にだけ、道は拓ける」フィールドだ。打席に立つ回数で勝負していたこの社長は、二年目以降に粗の修正と仕組み化を後追いで重ね、結果として人員規模を3倍まで持ち上げた。意志を時間と行動に変換する経営の、わかりやすい成功例だ。
ADVISORY:もし「アイデアはあるが動けない」二代目経営者の相談が来たら
仮に、年商2億円規模の二代目経営者から「新規事業のアイデアは温めているが3年動けていない」という相談が僕のところに来たとする。診断士として僕がまず確認するのは、市場規模でも競合でもなく、本人がそのアイデアに対してどれくらいの時間を物理的に投下しているかだ。守屋さんの定義に従えば、3年動けていない時点で、その案件の判定は「失敗」に近い側に寄っている。
このとき僕が提案するのは、アイデアの磨き込みを一旦止めて、最小単位の「やってみる」に分解する作業だ。LP1枚、知人10人へのヒアリング、PoC的な販売を一回。守屋さんが本書で勧める「一筆書きの高速回転」を、二代目経営者のスケジュールに無理やりねじ込む。動き始めれば、考えてもわからなかった顧客の『不』が見えてくる。動かなければ、いつまで経っても解像度は上がらない。
本書の主張に対して、現場で気をつけたい二点
『起業は意志が10割』は強い本だが、中小企業オーナーが現場に持ち込むときに、僕が注意点として添えるポイントが二つある。
一つ目は、意志10割を「市場分析を軽視してよい」と読み替えないこと。守屋さんは本書で、市場の『不』を出発点に置けと繰り返している。意志10割は市場無視の許可証ではなく、市場の『不』に自分が突き刺さるかどうかを問う基準だ。
二つ目は、意志を「気合」ではなく「時間配分のルール」として運用すること。意志が薄い社長に「気合を入れろ」と言っても続かない。意志が濃い社長は、意識せずに新規事業の打席にカレンダーを割いている。だから僕は、意志を測る指標として、社長の週次カレンダーに新規事業がどれだけ物理的に入っているかを見るようにしている。
明日の一手:意志を時間に変える30〜90日の3ステップ
『起業は意志が10割』を読み終えた中小企業オーナーが、来週から動き出すための具体的な3ステップを置いておく。
- 30日以内 ─ 自分の『不』を1枚にまとめる:自分が日常で感じている、または顧客から繰り返し聞いている『不』を、A4一枚に箇条書きで20個書き出す。守屋さんが言う「オリジナルの『不』」の候補を可視化する作業だ。完成度は問わない。20個書き切ることだけがゴール。
- 60日以内 ─ 社長カレンダーに新規事業枠を毎週90分固定する:意志を時間配分に変換するステップ。本業の予定より先に、新規事業の検討・実行枠を毎週同じ曜日同じ時間にロックする。会議でも訪問でもなく、社長が一人で手を動かす時間として確保する。
- 90日以内 ─ 「一筆書き」で最小ローンチを一回やる:LP1枚でもチラシ100枚でも、知人20人への試験販売でもいい。完成度ではなく着手したかどうかが基準。守屋さんの定義通り、着手しきれた時点でこの90日は「成功」と判定してよい。
本書の中身を一冊まるごと自分の経営に持ち込む必要はない。意志を必要条件として扱うこと、そしてそれを時間と行動に変換すること、この二点だけ運用に乗せれば、守屋さんが本書で背中を押そうとした「動き出す経営者」の側に立てる。
参考書籍・引用事例
- 守屋実『起業は意志が10割』講談社、2021年。本記事中の引用および要約はすべて本書「はじめに」「序章」「第1章 9つのポイント①起業は意志が10割」を典拠とする。
- 本記事中の事例は、僕(えだもん)が中小企業診断士・社外CFOとして実際に伴走した中小企業オーナーの事例に基づく。固有名詞・数値の一部は守秘のため改変している。ADVISORY節は実在の相談ではなく、想定相談の形式で書いた。
執筆日:2026-05-13
著者紹介:枝元 宏隆(えだもと ひろたか)。中小企業診断士・社外CFO。年商立ち上げ期から数十億円規模までの中小企業オーナーに、新規事業立ち上げ、管理会計(PQ-MQ-G)、資金調達、事業承継までを伴走支援。本サイト「本で解く」では、経営者・起業家の実務に効く一冊を、現場の事例と接続して読み解いている。
▼ 同じテーマの本をまとめて知りたい方へ
→ 起業・新規事業で読むべき本(診断士の課題別ガイド)

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