凡人経営者が新規事業で勝つための5つの順序|小澤隆生『凡人の事業論』を中小企業の現場で使う

起業・独立

なぜ「凡人の事業論」が中小企業に効くのか

事業を起こす本の多くは、孫正義や三木谷浩史といった天才の話で埋まっています。読み終わると感心はする。けれど、明日から自分の会社で使えるかというと、何も手が動かない。蛯谷敏の構成で小澤隆生氏の方法論をまとめた『凡人の事業論』が違うのは、最初に「私は起業家ではなく事業家だ」と立ち位置を切り分けるところです。

小澤氏自身の言葉を借りれば、起業家は「自分が起こした会社のオーナーとして大きく育てたい人」。事業家は「事業やサービスを立ち上げ、成長させることに専念する執行(execution)のプロフェッショナル」。小澤氏は楽天イーグルスの立ち上げ、Yahoo!ショッピングの再生、ZOZOへのM&A支援など、多くの場面で「事業家」として勝負してきました。中小企業の経営者は、多くがこの「事業家」側の感覚に近いはずです。会社を100倍にして上場する野望より、自分が走らせている事業をしっかり勝たせたい。本書はこの層に最も使える1冊です。

「凡人が勝つ事業」とは何か

本書を貫く前提は、シンプルに2行で書けます。①勝つ事業は天才のひらめきではなく、ゴール設定と打ち出し角度の精度で決まる。②打ち出した後は、しつこく執行する人間が残る。この2行が、楽天イーグルスもYahoo!ショッピングも、本書に登場する診療所ベンチャー(ファストドクター)もスターフェスティバルも、共通の構造で説明できる、というのが小澤氏の主張です。

本書は全9講で構成されますが、僕が中小企業経営者の伴走で繰り返し戻る章は、第2講「ゴール設定」、第3講「戦略の打ち出し角度」、第4講「成功のセンターピン」、第5講「失敗力」、第6講「勝者の資質」の5つに集中します。この5つは、事業を起こすときの順序でもある、というのが本書の核心です。

5つの順序:凡人経営者が勝つステップ

Step 1:ゴールの「1点」を決める

第2講で小澤氏が楽天イーグルス創業時に最初にやったのは、ロゴでも球場でもなく、「最初の1年で何点クリアしたら成功と呼べるか」をたった1点に絞り込む作業でした。本書では「観客動員数150万人」というゴールを置き、そこから逆算してすべての打ち手を組み立てています。

中小企業の新規事業でこれを怠ると、「とりあえずやってみる」が「とりあえず終わる」になります。新規事業のゴールを「3年で売上1億」ではなく、「最初の12か月で月商800万円・粗利率35%・固定客100社」のような単一指標に絞る。これが本書のいう「1点を決める」です。

Step 2:戦略の「打ち出し角度」を定める

第3講のキーワードは「打ち出し角度」です。小澤氏は楽天イーグルス時代、プロ野球は「勝敗に依存しない収益構造」で運営する、という打ち出し角度を最初に決めました。当時の常識は「勝てば客が入り、負ければ客が減る」でしたが、それでは経営が天気任せになる。だから「勝敗に関係なく球場体験で勝ち切る」という角度を選んだ。この角度が決まると、ファミリー向け席種、球場併設施設、応援イベントといった打ち手が自動的に並びます。

中小企業でも同じです。打ち出し角度の言い換えは「自分たちはどの土俵で戦わないか」を含めて決めることです。値段で戦わない、立地で戦わない、量で戦わない——を先に決めると、残った土俵が見えてくる。

Step 3:成功の「センターピン」を見極める

第4講で小澤氏が強調するのが、根源的欲求からセンターピンを見つける作業です。「弁当宅配・診療所・ハウツーサイト」という一見バラバラな事業の共通点として、人間の根源的な不満(時間が足りない・困ったときに頼れる先がない・知識が足りない)を起点にしている、と本書は構造化します。

新規事業の市場選定でつまずく中小企業に、僕がよく投げる問いがあります。「お客様が今、お金を払ってでも消したい不満は何か」。提供したい価値からではなく、消したい不満から逆算すると、センターピンは見えやすくなります。

Step 4:Howは試行錯誤とスピード勝負

第5講のメッセージは「失敗は挑戦の裏返し」です。Yahoo!ショッピング再生のとき、小澤氏は出店料無料・ポイント施策・M&Aの3つを並行で試して、商品数を一気に増やしました。やる前から正解を出そうとせず、仮説を立てて小さく検証し、外れたものから捨てる。テストすべきは「不確定要素があるとき」だけ、と本書は明確に切り分けます。

Step 5:執着心でしつこく残る

第6講の結論は、勝者の資質は「しつこさ」というシンプルな話に行き着きます。本書のフレーズで言えば「執着心は、最後の差を決める」。同じゴール、同じ角度、同じセンターピンを定めても、3か月でやめる人と3年やり切る人で結果は変わります。事業家とは、execution(執行)のプロです。

実例で見る:中小企業の現場でこの5ステップを通した事例

事例①:人材派遣+イベント事業(相談時33歳・2022年〜継続)

2022年頃から定期的にやり取りしている人材派遣+イベント事業の経営者です。最初のご相談は「スキルのある個人が集まってくれるが、会社への愛社精神が薄い」という組織論でした。給料を払って退職者は少ないが、「会社のために何かをする」という気持ちを持つ社員が少ないという悩み。

僕は本書の Step 5 にあたる視点転換を投げました。「転職と退職代行が当たり前のこの時代に、社員が辞めずに続けてくれているのは、お金以上に社長の人徳と取り組みが伝わっている証ではないか」。この問いで社長の思い込みが外れたあと、本人は「では何をどう伸ばすか」という Step 1〜4 を自分で組み立て直し、2年間で従業員数が3倍近くに増える成長期に入りました。本書の枠でいえば、Step 5の「しつこさ」が点火する前提として、Step 1のゴールを再設定する必要があった事例です。

事例②:無人化・セルフ式の脱毛サロン(開業期)

小規模事業者持続化補助金を使って開業期の販促費を補助金で賄ったいくつかの事例のうち、もっとも教科書的に小澤氏の打ち出し角度が効いた1社です。事業者は「無人化×セルフ式×低料金で使える」という打ち出し角度を、業界の常識(有人接客・カウンセリング重視・高単価)にぶつけました。広告費200万円を補助金で得て初速をつけ、結果として2店舗目開業まで到達しました。

この事例で本書の Step 2「打ち出し角度」がどう効いたかというと、「人を置かない」「カウンセリングしない」「単価を下げる」を全部足し算するのではなく、それぞれが他の判断を自動的に決める形になっていた、ということです。打ち出し角度が決まると、内装・予約システム・集客動線が一気通貫で組み立てられる。本書のいう「角度の威力」が中小企業の開業期で見える瞬間です。

もし「新規事業のアイデアがまとまらない」社長が相談に来たら

仮に従業員10名・年商1.2億の現事業を持つ社長が「新しい事業のアイデアが3つあるが選べない」と相談に来たら、僕がまず投げる問いは Step 3 です。「3つのアイデアそれぞれで、お客様が今お金を払ってでも消したい不満は何ですか」

多くの社長は、自分が提供したいサービスから話し始めます。けれど本書が言うように、市場選びを間違える理由のひとつは「自分が作りたいものから入る」ことです。お客の根源的欲求から逆算すれば、3つのうち最も大きな不満に刺さるアイデアが浮き上がってきます。残り2つを捨てる勇気が出るのもこのタイミングです。

失敗パターンと回避策

本書を読んで中小企業経営者が陥りやすい失敗パターンが3つあります。

1つ目は、Step 4「Howは試行錯誤」を「とりあえずやってみる」と読み違えて、ゴールも角度もないまま走り始めることです。失敗の作法は「仮説を立てて小さく検証」なので、ゴールがなければ検証もできません。

2つ目は、Step 5「しつこさ」を「諦めない」と読み違えることです。本書のしつこさは、ゴールを下げず角度を変えず、Howだけ替えていく執着心です。Howごと変えてしまうと、それは別事業です。

3つ目は、本書の華やかな事例(楽天イーグルス・Yahoo!ショッピング)に引きずられて、自分の事業をスケールの大きい目標で設計してしまうことです。中小企業の新規事業は「最初の12か月の月商」で十分です。スケールを最初に大きくすると、検証コストが跳ね上がり、Step 4 の試行錯誤が回らなくなります。

本書が触れていない論点:凡人にも「やる気」は必要条件

本書は再現性の高い手順を教えてくれます。ただ、ひとつ補足したいことがあります。本書の5ステップを回し切るには、経営者自身に燃料が要るという点です。

小澤氏は本書の中で何度も「execution(執行)のプロ」と自分を表現します。執行を続けるには、本人の中に「これをやりたい」「これを成功させたい」という燃料が必要です。市場が良くても、角度が決まっても、燃料がなければ Step 5 まで届きません。逆に、燃料が満タンなら、ゴールが少し甘くても、Step 5 のしつこさが角度のずれを軌道修正していきます。診断士として現場で見続けて、僕はこの順序を確信しています。

明日試せる最小ステップ

明日から30日、次の3つを順に試してみてください。

  1. 今ある新規事業の構想を、1枚の紙に「ゴールの1点」「打ち出し角度」「センターピン(消したい不満)」の3項目だけで書き出す。それぞれ50字以内で書ければ Step 1〜3 はクリアです
  2. その3項目を、自社の幹部1人・社外の経営者1人に見せて「これで勝てるか」を15分ずつ聞く。違和感を指摘されたところが Step 4 で検証すべき不確定要素です
  3. 30日後、月商シミュレーションを1枚追加する。本書のいう「最初の1年で何点クリアか」が数字で見えれば、Step 5 のしつこさを発動する準備が整います

最初の30日で完璧を目指す必要はありません。本書のメッセージは、凡人でも順序を守れば勝てる、ということです。順序を飛ばさないこと、ゴールと角度を決めないままHowだけ動かさないこと。この2つを守れば、天才でなくても事業は形になります。

この記事の根拠と執筆背景

主要な参考書籍

本記事は蛯谷敏 構成『小澤隆生 凡人の事業論 ── 天才じゃない僕らが成功するためにやるべき驚くほどシンプルなこと』(ダイヤモンド社、2025年刊)を主要な参考書籍としています。特に第1講「凡人でも素質がなくても成功できる」の「起業家」と「事業家」の定義(社長でいたいか/いなくてもいいか)、第2講「ゴール設定」の楽天イーグルス創業時の「1点を決める」プロセス、第3講「戦略の打ち出し角度」のプロ野球の勝敗に依存しない収益構造、第4講「成功のセンターピン」と「根源的欲求」、第5講「失敗力」と「仮説検証は不確定要素があるときに行う」原則、第6講「執着心は最後の差を決める」を参照しました。記事内の「中小企業の現場で使う5ステップ」と失敗パターン3類型は本書の原則を、10〜30名規模の中小企業に落とし込む筆者の翻訳です。哲学的補足としての「凡人にもやる気は必要条件」は本書原典にない筆者の独自拡張で、診断士・社外CFOとしての実務翻訳として提示しています。

引用した支援事例について

  • 事例①: 人材派遣+イベント事業(相談時33歳経営者・2022年頃から定期コミュニケーション継続)。組織への帰属意識の薄さという社長の悩みに対し、「辞めないこと自体を成果と見る」視点転換の対話を実施。2年間で従業員数が3倍近くに増加。社名・個人名は匿名化。具体金額は公開していません。
  • 事例②: 美容系・無人化セルフ式脱毛サロン(小規模・開業期)。小規模事業者持続化補助金200万円の獲得・販促費活用を支援。打ち出し角度(無人化×セルフ式×低価格)と補助金活用の組み合わせで初速をつけ、2店舗目開業まで到達。社名・個人名は匿名化。

執筆日・最終更新日

執筆: 2026-05-12 / 最終更新: 2026-05-12

著者について

枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士、複数法人経営者。九州中心に中小企業の組織改革・財務改善・事業承継の伴走支援を実施。

えだもん (中小企業診断士)

中小企業診断士/連続起業家。21歳で起業、以来14年でビジネス書2,000冊超を読破。実務で効いた本だけを紹介する「課題突破の選書エージェント」運営者。

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