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『自分の変え方』(村岡 大樹)
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「今年こそ早起きして読書の時間をつくる」「毎週かならず経営数字を見直す」「運動を習慣にして体力をつける」——そう決意したのに、気づけば元の生活に戻っていた。そんな経験を、あなたは何度繰り返しただろうか。
経営者は誰よりも自己改革の必要性を知っている。市場は変わり、競合は動き、組織は成長を求め続ける。変わらなければならないことは頭でわかっている。しかし、わかっていても変われない。これは意志の弱さではなく、「変わり方」を知らないだけかもしれない。
今回紹介する『自分の変え方』(村岡大樹著)は、認知行動療法をベースにした科学的なセルフチェンジの手法を、実践レベルで解説した一冊だ。「やる気」や「根性」ではなく、仕組みと思考パターンの書き換えによって行動を変えるアプローチは、忙しい経営者にこそ刺さる内容になっている。
なぜ経営者は「変われない」のか——意志力の限界を知る
📝 えだもんの現場視点
支援先の建設業の社長から「毎月の数字を見ようと決めても続かない」と相談を受けたことがある。話を聞くと、「気が向いたら見る」というスタンスだった。そこで試算表が届く日にスマホのリマインダーを設定し、その夜に必ず開くルールに変えてもらった。たった一つの仕組みの変更で、3ヶ月後には財務数字の把握が完全に習慣化していた。意志より設計が強い、と痛感した瞬間だった。
意志力は有限なリソースである
多くの人は「自分を変えられないのは意志が弱いからだ」と思い込んでいる。しかし、心理学の研究では、意志力(ウィルパワー)は筋肉と同じように使えば使うほど消耗する有限のリソースであることが示されている。
経営者は一日に何十もの判断を下し、人間関係に気を配り、資金繰りの不安を抱えながら仕事をしている。その時点で、すでに意志力のタンクはかなり底をついている。夜に「今日こそジムに行こう」と思えないのは当然だし、朝の習慣が続かないのも、「起きてすぐに意志力で動こうとしているから」とも言える。
村岡氏は本書の冒頭でこう指摘する。「意志の力で行動を変えようとすることは、穴の開いたバケツで水を汲もうとするようなものだ」と。これは経営者にとって、目が覚めるような一言だ。
「変わりたい」という気持ちが逆効果になるメカニズム
さらに本書が鋭いのは、「変わりたい」という強い意欲が、むしろ行動の妨げになることがあると指摘している点だ。高い目標を設定しすぎると、少し失敗しただけで「もうダメだ」と自己嫌悪に陥る。これを「オール・オア・ナッシング思考」と呼び、認知行動療法では行動を阻む典型的な思考パターンとして位置づけられている。
「完璧にやるか、やらないか」という極端な発想は、経営の現場でも頻繁に見られる。新しいマーケティング施策を「完璧な計画ができてから始めよう」と先延ばしにし、結局何もしない——という状況は、まさにこの思考パターンの産物だ。
科学的セルフチェンジの核心——思考・感情・行動の三角形
認知行動療法のエッセンスを経営に活かす
『自分の変え方』の理論的な柱は、認知行動療法(CBT)だ。CBTでは、人間の行動は「思考→感情→行動」という三角形の相互作用によって形成されると考える。つまり、行動を変えたければ、まず思考(認知)にアプローチすることが近道になる。
たとえば「自分には経営の才能がない」という思考(認知の歪み)があると、「どうせうまくいかない」という感情が生まれ、「新しい挑戦を避ける」という行動につながる。このループを断ち切るには、意志力で無理やり行動しようとするのではなく、思考パターン自体を修正することが必要になる。
村岡氏は本書の中で、この思考パターンを「自動思考」と呼び、自分の中にある自動思考に気づき、それを書き換えるための具体的なワークを多数紹介している。
「できない理由」を分析するABC理論の活用
本書が実践的なのは、行動できない理由を感情論で終わらせず、ABC理論を使って構造的に分析する点だ。A(出来事)→B(信念・思考)→C(結果・感情・行動)という流れで、自分が特定の状況でなぜ動けないかを客観視できるようになる。
たとえば、「新しい営業先への電話ができない(C)」という問題がある場合、その背景にある出来事(A)は「断られるかもしれない状況」であり、信念(B)は「断られたら自分の価値がなくなる」という思い込みかもしれない。このBの部分を修正することで、行動(C)が自然と変わってくる。これは事業改善のロジックと非常に似ている。
仕組みで行動を変える——経営者のための習慣設計
「If-Thenプランニング」で行動を自動化する
本書が紹介する実践手法の中でも、特に効果的なのが「If-Thenプランニング」だ。「もし○○の状況になったら、△△をする」という形で行動をあらかじめ決めておくことで、その場での判断を不要にし、行動を自動化するテクニックだ。
- 「朝、コーヒーを淹れたら、その場で5分間当日の数字を確認する」
- 「週次ミーティングが終わったら、すぐに議事録を3行でまとめる」
- 「移動中に電車に乗ったら、業界ニュースを1本読む」
このように行動をルーティンに紐づけることで、「やる気が出たらやろう」という不確かな条件を排除できる。経営者の仕事は不確実なことだらけだが、自分の行動だけは設計できるという発想の転換が、ここには詰まっている。
スモールウィンの積み重ねが脳を書き換える
村岡氏はまた、小さな成功体験(スモールウィン)の重要性を繰り返し強調している。脳の報酬系は、大きな達成よりも小さな「できた」の積み重ねに反応しやすく、それが習慣形成の燃料になる。
「毎日1時間読書する」ではなく「今日は1ページだけ読む」から始める。「週3回ジムに行く」ではなく「ジムのウェアを着るだけ」から始める。この発想は、経営におけるMVP(最小実行可能な施策)の考え方と完全に一致する。完成品を出してから動くのではなく、動きながら改善していく。それが事業でも、自己変革でも、最速の道だ。
経営者が陥りやすい「自己変革の罠」と本書の処方箋
📝 えだもんの現場視点
100社以上の経営者を見てきて気づくのは、「変われない経営者」と「変われる経営者」の差は能力でも根性でもない、という事実だ。変われる経営者は例外なく「小さく始めて素早く修正する」癖がついている。新しい施策も、新しい習慣も、完璧を目指さずにまず動く。失敗をデータとして扱い、淡々と改善する。これは事業のPDCAと同じ構造で、自己変革も経営と同じ設計思想で進めると圧倒的にうまくいく。
「情報収集」が行動の代替になっていないか
経営者がよく陥るパターンの一つに、「もっと学べば変われる」という思い込みがある。セミナーに参加し、本を読み、ポッドキャストを聴く。しかしインプットをいくら増やしても、行動が変わらなければ現実は変わらない。
本書ではこれを「準備の罠」として警告している。完璧な準備が整うまで動かないのは、オール・オア・ナッシング思考の別バージョンだ。村岡氏は「行動が先、感情が後」という原則を提示し、動き始めることでモチベーションが生まれるという逆説的な真実を示している。
セルフコンパッション——失敗しても自分を責めない技術
本書のもう一つの重要なテーマが、セルフコンパッション(自己への思いやり)だ。三日坊主になってしまった自分を責め、「やっぱり自分はダメだ」と結論づけてしまうのが、変化を阻む最大のブレーキになっている。
村岡氏は、失敗したときに自分を「大切な友人」のように扱うことを提案する。友人が挫折したとき、「お前は意志が弱い、ダメな人間だ」とは言わないはずだ。「うまくいかなかったね。次はどうしようか」と声をかけるだろう。その同じ言葉を、自分自身にかけることが、持続的な変化への鍵になる。
経営者は自分に厳しい人が多い。だからこそ、この視点は新鮮に映るはずだ。自分を責めることはエネルギーの浪費であり、次の行動への原動力にはならない。失敗をデータとして扱い、粛々と修正する——これは事業のPDCAと同じ発想だ。
えだもんの現場視点——100社以上の支援から見えた「変われない経営者」の共通点
中小企業診断士として九州を中心に100社以上の経営者に伴走してきた中で、「変わりたいのに変われない」という悩みを抱えた経営者を数多く見てきた。そしてその多くに共通するのは、意志力の弱さではなく、変わるための設計がないことだった。
ある建設業の社長は、「毎月の財務数字を必ずチェックする」と決意しながら、気づけば3ヶ月放置していた。しかし、「月次試算表が届いたらその日の夜に必ず確認する」というIf-Thenルールを設定した途端、習慣が定着した。変わったのは意志ではなく、仕組みだった。
『自分の変え方』が提示する科学的なアプローチは、こうした現場の経験と完全に一致している。意志力に頼る経営は、景気や感情に左右される不安定な経営だ。仕組みで動く自分をつくることが、仕組みで動く組織をつくる第一歩になる。
「自己変革」は経営戦略の一部である
私がCFOとして経営者に伴走する中で、財務数字の改善と同じくらい重要だと感じるのが、経営者自身の行動パターンの改善だ。いくら優れた戦略を立てても、それを実行する経営者自身が「三日坊主」であれば、戦略は絵に描いた餅になる。
本書を読んで気づいたのは、セルフチェンジは自己啓発ではなく、経営インフラの整備だということだ。自分という最重要な経営資源を、科学的に最適化する。それが本書の本質的な価値だと思っている。
まとめ——「変わろう」ではなく「変わる仕組みをつくろう」
📝 えだもんの現場視点
伴走型CFOとして経営者の財務を支援していると、数字の問題より「行動パターンの問題」が根本にあるケースが多い。資金繰りが苦しい会社の社長が、なぜか毎月の入出金確認を後回しにしている。理由を聞くと「見るのが怖い」という自動思考があった。認知行動療法的なアプローチで、その思考を「見ることで早く手が打てる」に書き換えると、行動が劇的に変わった。財務改善の前に、経営者自身の認知改善が必要なことがある。
『自分の変え方』が伝えるメッセージは、シンプルだ。変化は根性論ではなく、設計論で実現する。認知の歪みに気づき、If-Thenで行動を自動化し、スモールウィンを積み重ね、失敗してもセルフコンパッションで立て直す。このサイクルを回すことで、人は確実に変わっていける。
経営者にとって、最も管理が難しいリソースは「自分自身」かもしれない。市場調査はできる、資金計画も立てられる、人材採用の基準も設けられる。しかし、自分という人間の行動を設計することには、意外と無頓着な人が多い。
この本は、そんな経営者に「自分のマネジメント」という新しい視点を与えてくれる。変わりたいと思いながらも変われなかった過去は、意志が弱かったからではない。ただ、正しい方法を知らなかっただけだ。その方法が、この一冊に詰まっている。
📌 明日の一手——今日から始める3つのアクション
- 【今日】自分が「できていない習慣」を一つ選び、それを阻んでいる「自動思考」を紙に書き出す
- 【今週中】その習慣に対してIf-Thenプランニングを設定し、既存のルーティンに紐づける
- 【1ヶ月後】週1回、スモールウィンの記録をつける習慣をつくり、失敗した日は自己批判ではなく「何が妨げたか」をデータとして書き留める
変わることは、才能ではなくスキルだ。そしてスキルは、正しい方法で練習すれば必ず身につく。『自分の変え方』は、そのための最良のテキストの一つだ。ぜひ手に取ってみてほしい。
明日の一手
読んで「なるほど」で終わらせないために、今日から動ける一手を用意した。まず一つだけ、試してみてほしい。
- 「続けられていない習慣」を一つだけ紙に書き出し、その横に「なぜできないか」ではなく「何がトリガーになれば動けるか」を書いてみる。If-Thenの出発点をつくるための、10分間のワーク。
- 書き出した習慣に対して、「もし○○したら、△△をする」というIf-Thenルールを一文で設定し、既存の行動(食後・移動中・会議後など)に紐づけてスマホのリマインダーにセットする。
- 週に一度、5分だけ「スモールウィン日記」をつける習慣をつくる。「できたこと」を3つ書くだけでいい。失敗した日は自己批判をせず「何が邪魔したか」を一行メモする。1ヶ月続けると、自分の行動パターンが客観的に見えてくる。
この記事のまとめ(Q&A)
三日坊主を繰り返してしまう経営者は、なぜ変われないのですか?
『自分の変え方』では、意志力は使うほど消耗する有限のリソースだと説明されています。経営者は日々多くの判断をするため、夜や朝の習慣を意志だけで続けるのは難しくなります。高い目標を立てて一度の失敗で自己嫌悪に陥る「オール・オア・ナッシング思考」も、行動を止める要因です。変われない原因は意志の弱さよりも、変わるための設計がないことにあると記事では述べています。
意志に頼らず行動を変えるには?
認知行動療法をベースにした仕組みづくりが軸になります。「もし○○したら、△△をする」と行動をあらかじめ決めるIf-Thenプランニングで、既存のルーティンに新しい行動を紐づけます。「毎日1時間読書する」ではなく「今日は1ページだけ読む」といった小さな成功体験(スモールウィン)から始めることも勧められています。失敗した日は自分を責めず、何が妨げたかをデータとして記録して修正します。
『自分の変え方』はどんな経営者に向いていますか?
変わる必要は分かっているのに、決めたことが続かない経営者に向いた一冊です。ABC理論を使って、行動できない理由を出来事・思い込み・結果に分けて整理する方法が紹介されています。自動思考に気づいて書き換えるワークや、セルフコンパッション(失敗した自分を友人のように扱う考え方)も扱われています。自己変革を経営の仕組みづくりと同じ発想で進めたい人に役立つ内容です。
この記事の根拠と執筆背景
執筆者について
枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士。九州を中心に100社以上の中小企業経営者に伴走支援を実施。補助金・資金繰り・組織づくり・事業承継が専門領域。14年でビジネス書2,000冊超を読破し、選書メディア「本で解く」(hondetoku.jp)を運営。レフティ合同会社 代表。
執筆・更新日
執筆: 2026-06-16 / 最終更新: 2026-06-16

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