「大丈夫です」の裏にある3つの本音
経営者から相談を受けるとき、最初によく聞くのが「部下に聞いても『大丈夫です』しか返ってこない」という悩みです。
僕は中小企業診断士として伴走支援をしていますが、この「大丈夫です」には実は3種類の意味が混ざっています。本当に問題がない、本当は困っているが言葉にできない、言っても無駄だと諦めている——どれも同じ「大丈夫です」の形で返ってきます。
社長側は3つを区別できないので、表面的な返答を信じる。結果として、実は2つ目・3つ目だった部下が水面下で不満を溜め続け、ある日突然退職する。中小企業では何度も繰り返されているパターンです。
今日話したいのは、永松茂久さんの『人は聞き方が9割』を手がかりに、この状況を「個人のコミュニケーション能力」ではなく「聞き方の仕組み」で変える方法です。
よくある勘違い:雑談を増やせば本音が出る
経営者が最初に試すのは、たいてい「雑談を増やす」です。一緒に飲みに行く。朝のちょっとした会話を増やす。個人の話を聞く。
これは一定の効果はあります。信頼関係の土台になる。ただし、これだけでは本音は出ません。雑談の場では「会社の課題」を本音で話す動機が部下側にない。雑談は雑談として扱われ、業務の本音は業務の場でしか出てこないからです。
本書が指摘する重要なポイントは、「聞く」という行為には構造があるということです。構造のない聞き方は、どれだけ回数を重ねても本音までは届きません。
真因:問いかけの構造が「安全」になっていない
部下が本音を出せない最大の理由は、「ここで正直に話しても損しない」という安全保障が感じられないからです。本書の言葉を借りれば、「否定しない聞き方」ができているかどうか。
多くの社長は、部下が何か言うと、すぐ反応します。「それは違う」「なぜそう思うのか」「こうすべきだ」。これは会話としては自然ですが、部下側からすると「言うとジャッジされる」という学習が成立する。一度この学習が成立すると、次から「大丈夫です」に変換して返すようになります。
本書が提示する「拡張話法」——さすが、知らなかった、すごい、センスいい、そうなんだ——の5フレーズは、単なる褒め言葉ではありません。「ここで話しても大丈夫だ」という安全信号を発する定型です。これが欠けている会社では、問いかけの構造が安全になっていません。
事例1:製造業の2代目社長が「古参社員の本音」に辿り着いた過程
熊本の製造業、従業員20名ほどの金属加工会社の話です。50代の2代目社長から「父の代から働く古参社員が何を考えているか分からない」と相談を受けたのが2023年春頃でした。
この社長、古参社員に話しかけても返ってくるのは「まあ、大丈夫ですよ」だけ。会社の方針を変えたいが、古参社員が何を望んでいるかが掴めず、動けない状態でした。
僕が提案したのは、拡張話法のうち「知らなかった」の徹底です。古参社員が何か言ったら、評価せず、ただ「そうなんですね、知らなかった」と受け止める。3ヶ月続けてもらいました。
すると、2ヶ月目あたりから古参社員の話し方が変わってきた。最初は業務の愚痴から始まり、徐々に「実はこういう改善案がある」「若手に任せたい業務がある」という具体的な話が出てくるようになりました。社長は「自分がいかに『先に反応していたか』に気づかされた」と話しています。
現在この会社は、熊本のTSMC関連の受注増を背景に業績が伸びており、古参社員の紹介で新規採用も続いています。
事例2:不動産会社の34歳社長が「任せ方」を聞いて変えた
もう1件。不動産関連の小さな法人、代表プラス従業員1名、年商5,000万未満、社長は34歳です。2024年秋からの支援でした。
相談の入り口は「新しく雇った従業員が給与に見合う働きをしているかピンとこない」という採用後のよくある悩み。ただ、話を進めると根っこは別の場所にありました。
社長が従業員に「業務どうですか」と聞くと「大丈夫です、やれます」と返ってくる。これを真に受けて、社長は「じゃあこの業務もお願いします」と振り続けていた。結果として、従業員は「断れない圧」を感じ、社長は「活かせていない焦燥感」を抱える、両者ともに損する構造が生まれていました。
僕が提案したのは、聞き方を逆にすることです。「やれますか」ではなく、「どの業務を僕から引き取った方が、あなたの負担が少ないですか」と聞く。質問の主語を逆転させる。
結果、1年で従業員が積極的に取り組める業務と、社長が抱え続けた方がいい業務の境界線が見えた。会社全体の売上と利益が伸びました。社長は「聞き方一つで、こんなに変わるのか」と話しています。
本書の限界:拡張話法は「全員平等」には使えない
本書は汎用的な聞き方の本ですが、中小企業の現場で試すと、ひとつ重要な限界が見えてきます。それは、拡張話法は「古参社員と若手社員に同じように使える」とは限らないことです。
2代目社長の事例で、同じ「知らなかった」を20代の新入社員に連発すると、相手は「この社長、本当に経営判断できるのか」と不安を感じることがあります。年齢差が小さい部下にはペーシングを強めに、年齢差が大きい古参社員にはマジックフレーズを中心に——といった使い分けが必要でした。
本書はこの調整まで踏み込んでいないので、実装するときは自社の年齢構成・勤続年数を踏まえて、使い分けの方針を経営者側で決めておく必要があります。
今日試せる処方箋3つ
2つの事例と本書の理論をまとめて、今日から試せる3つに落とし込みます。
1つ目、部下の発言に対する最初の反応を、評価でなく受容にする。「そうなんですね、知らなかった」から始める。評価判断はその後、自分の中で1拍置いてからでOK。
2つ目、「どうですか」を「何がやりにくいですか」に変える。抽象的な問いには抽象的な答えしか返ってこない。具体の困りごとを聞く問いに変える。
3つ目、部下が話し終わっても、3秒待つ。多くの社長は沈黙が怖くて、相手の話が終わった瞬間に自分の意見を被せる。この3秒の沈黙に、部下の追加の本音が乗ってきます。
明日の一手:15分だけ、部下に「知らなかった」を連発する
ここまで読んでくれた経営者へ、具体的な一歩を提案します。
明日、部下との最初の会話15分間、どんな発言に対しても評価判断を保留して「そうなんですね、知らなかった」と返してください。それだけです。自分の意見は一旦、頭の中に置いておく。
15分続けると、不思議なことに部下の話し方が変わり始めます。本書が言う「聞き方の9割」は、実はこの15分の中に詰まっています。本書の章全部を読むのは、この15分の体験をしてからで十分です。
本書を読んでから試す順番でも良いのですが、先に試してから読む方が、本書の言葉の解像度が明らかに変わります。
この記事の根拠と執筆背景
主要な参考書籍
本記事は永松茂久 著『人は聞き方が9割——1分で心をひらき、100%好かれる聞き方のコツ』を主要な参考書籍としています。特に「拡張話法」と「否定しないルール」の章を中心に引用しました。
引用した支援事例について
- 事例1: 製造業(従業員20名・年商2〜3億)における2023年春〜現在の支援経験に基づきます。業種・規模は実在しますが、社名・個人名は匿名化しています。
- 事例2: 不動産関連法人(代表+1名・年商5,000万未満)における2024年秋〜現在の支援経験に基づきます。社名・個人名は匿名化しています。
執筆日・最終更新日
執筆: 2026-04-20 / 最終更新: 2026-04-20
著者について
枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士、複数法人経営者。九州中心に事業承継・資金繰り改善・組織改革・補助金活用の伴走支援を実施。

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