顧客の本音を引き出すヒアリング術|『トップセールスが絶対言わない営業の言葉』を中小企業経営者の現場に持ち込む

経営改善

本書の骨格:「売れる言葉」より「売れない言葉」を先に消す

渡瀬謙『トップセールスが絶対言わない営業の言葉』は、著者がリクルート時代に「無口な営業スタイル」で入社10ヶ月目に営業達成率全国トップになった経験から書かれた本です。冒頭で著者は「トップセールスの言葉の中には、これを言えば売れるというものだけではなく、これを言ったら売れないというものも多数ある」と書きます。売れるトークをどれだけ披露しても、禁句をひと言使ってしまうだけでアウトになる、という立場。営業マン個人の話として読まれがちですが、経営者・営業マネージャー・1人営業の個人事業主にとっては、商談運用と組織設計の両方に効く骨格です。

なぜ経営者に効くか(Why)

本書が指摘する「売れない原因」は、営業マンが自覚していない日常語に潜んでいます。電話アポの「お世話になります」は初対面では「私は営業マンです、警戒してください」と同じ意味になり、新規訪問時の満面の笑顔は「売り込みに来ました」というサインになる。「ニーズはありますか?」は顧客を売り込み防御モードに入らせ、「また連絡します」は期日がないと社交辞令です。本書の核心は、営業トークの上達ではなく「相手の本音を引き出すヒアリング」に振り切るべきだ、という主張で、著者は「本当のことを言ってもらえれば、それが最も確実な情報だ」と書きます。心理読み取りから本音引き出しへのシフトが、本書の一貫した立場です。

経営者が日常的にヒアリングする相手は顧客だけではありません。従業員、取引先、銀行員、そして自分自身。本書の原則はこの全方向のヒアリングに使えます。僕が診断士として現場に入る時、最初にやるのは経営者自身の本心の言語化で、本書の「本音を引き出す」原理は、この初手と構造が同じです。

本書の中核概念3つ(What)

中核1:裏ニーズを聞く

本書の第3章で著者は表ニーズと裏ニーズを区別します。表ニーズは「貯蓄型保険が欲しい」のような表面的な要望裏ニーズは「老後と遺産の心配をしている」という、その要望の裏側にある理由です。著者は「『なぜ、それが必要なのか』『なぜ、それを欲しいと思ったのか』と聞くことで、ニーズの裏側にあるものをさらに聞き出す」と書きます。本書の事例が機能性靴の販売会社。膝や腰の痛みを緩和する靴で、同等他社靴の5〜10倍の価格です。表ニーズ「靴が欲しい」だけで商談すると「高い」で終わりますが、アンケートで裏ニーズ「膝の痛みを何とかしたい」を先に把握すると、「これは靴ではなくて、お客さまの膝の痛みをやわらげる装置なんです」という説明に変わり、価格帯の認識そのものが変わります。

中核2:デメリットトークで信用を先に取る

第4章の中核が、デメリットトークです。著者は「最初にお伝えしておきますが、この金融商品は損をすることもあります」「まず、色は2種類しか選べません」とライバル商品より劣る点を先に伝える、と書きます。顧客は「この営業マンは欠点も素直に教えてくれる人だ、信用できそうだ」と受け取り、この信用があってから初めてメリットの説明が聞いてもらえる、という順序です。デメリットが断られる原因だった場合、先にわかると無駄な商談を避けられる副次効果もあります。

中核3:「お願い」ではなく「問い合わせ」

第1章の原理が、商談スタンスの切り替えです。「少しでもいいので話を聞いてください」をやめて、「○○についてお伺いしたいのですが」と切り出す。新規営業はリサーチであり、売り込みでもお願いでもない、という定義です。著者が大学生アルバイトで飛び込み営業チームを作ったコラムでは、「君たちは別に売らなくてもいいんだよ。各家庭を訪問して一つずつ確認するだけの作業なんだ」と伝えて全員を売れる営業マンに育てた話が紹介されます。売る心理的圧から確認の作業に役割を置き換えると、営業マンの緊張と顧客の警戒心が同時に下がる構造です。

経営者の現場にどう落とすか(How)

Step 1:自分の商談トークから「禁句」を棚卸しする

最初に手を付けるのは、自分と従業員が日常使っている営業トークの棚卸しです。本書が禁句扱いしている表現(「お世話になります」「ご説明させていただきたいと思います」「ニーズはありますか?」「そこを何とか」「期日のない『また連絡します』」)を、直近1週間の商談録音やメモから拾います。拾ったら本書の代替表現に置き換えます。「ニーズはありますか?」は「この商品についてご存じですか?」に。本書はここで、ニーズを聞く前に顧客が自分の商品についてどれくらいの知識を持っているかを先に確認するのが売れる人の作法だと書いています。

Step 2:ヒアリングシートに「なぜ」を2段で入れる

次に、商談のヒアリングシートに裏ニーズを取りに行く設問を埋め込みます。本書のコアを現場用に翻訳すると、次の3段の問いになります。

  1. 表ニーズの確認:いま何を検討されていますか
  2. 背景の確認:なぜ、それを検討されているんですか
  3. 動機の確認:それを解決すると、社内の誰のどの負担が減るんですか

本書は「なぜ」を一度聞くだけで止まらず重ねて掘り下げる重要性を強調しています。1段目は建前、2段目で本音に近づき、3段目で意思決定者の動機まで届く構造。3段目の設問は本書の直接記述ではなく筆者の補足で、BtoBの複数人意思決定ではここが最終決裁の分岐になります。

Step 3:デメリットを先に渡す資料セットを作る

商談資料の設計も切り替えます。自社商品で顧客に引かれる可能性のあるデメリット(価格帯・納期・色数・機能制限など)を、「最初にお伝えしておきますが」のトーンで切り出す1枚を資料の冒頭に入れます。この1枚があることで、営業マン本人が正直な順序で話すことを強制されます。デメリットを隠してメリットだけ語るトークを、後から思いつかない構造になる。本書は「どうせ伝えなければならないことなら、先に話してしまったほうが営業しやすくなる」と書きます。資料の設計で営業マンの行動を縛るのが、経営者視点の応用です。

実例で見る:経営者が「本音を引き出す」をやった現場

事例①:2代目社長が古参社員の本音を引き出すまで(製造業・従業員20名規模)

2023年春頃から関わっている、PC向けパーツ等のプラスチック加工を手がける従業員20名程度・年商2〜3億規模の製造業の会社。50代の2代目社長から相談を受けた時点で、古参社員との間に見えない壁がありました。前経営者からの引き継ぎが十分でなかったこともあり、古参社員側は「2代目はボンボンで、金さえ良ければ従業員のことはどうでもいい」と勝手に思い込んでいました。社長が古参社員に「最近どう?」と聞いても、表ニーズ(「特に問題ないです」「給料上がれば助かります」)で止まっていた。本書の言葉で言えば、古参社員側が警戒したまま本音を出さない状態です。

僕が入ったのは、社長と従業員の誤解を紐解く中立役として。やったことは本書の原理と同じ構造でした。社長の「もっと頑張ってほしい」というお願いスタンスをやめて、「この会社が何を目指しているかをまず確認したい」という問い合わせスタンスに切り替える。そのうえで古参社員の表ニーズ(賃金)の裏にある動機(この会社で長く働けるのか、2代目は何を考えているのか)を聞き出す場を作りました。社長の真意(より良い方向を目指したい、賃金が上がらないのは会社全体の収益率低下が原因)が従業員に理解され、売上の即時改善は見られませんでしたが、従業員定着率が上がり、紹介で雇用できるケースも生まれました。熊本の半導体工場立ち上げ(TSMC関連)の追い風もあり、現在は受注も増えています。

事例②:従業員評価の「裏ニーズ」から給与設計を組み直した不動産関連の経営者

2024年秋頃に相談を受けた不動産関連の会社。代表+従業員1名・年商5,000万未満の小規模経営で、34歳の経営者からの相談は「新しく雇った従業員が給与に見合う働きをしているかピンとこない」というもの。表ニーズは「評価方法を教えてほしい」「給与水準の妥当性を知りたい」。この段階で評価シートや給与テーブルを渡すのが、本書のいう「メリットだけの提案」です。

実際に僕が聞き返したのは「なぜピンとこないと感じるのか」「何の業務を任せているか」。この2段の問いで裏ニーズが出てきました。社長は自分がやった方が早い業務ばかり抱え、苦手でストレスになる業務を任せられていなかった。評価への違和感の正体は、評価軸の問題ではなく、任せる業務の選び方の問題でした。そこで評価軸を「金額 vs アウトプット」ではなく、「社長が苦手で従業員が得意な業務=社長のストレス軽減分」として精神的納得感から金額を算出するアプローチを提案。社長のストレス源を任せる設計に切り替えた結果、会社全体の売上と利益が伸びる状態に移行しました。表ニーズだけ聞いていたら、評価シートの議論で終わっていた案件です。

もし「2店舗目を出すか、新業態に挑むか迷っている」という相談が来たら

仮に年商8,000万の飲食業経営者から「2店舗目(同業態)を出すか、新業態に挑むか迷っている」と相談が来たら、僕が最初に聞くのは「どちらが代表者にとって幸せだと思うか」です。経営判断の話なのにいきなり感情を聞くのか、と驚かれますが、本書のヒアリング原理と同じで、経済合理性の議論に入る前に相談者の本音を引き出す段階が要ります。

商圏に十分なパイがあれば2店舗目の方がリスクは低いと昨今は言われます。ただし飲食業の経営は経営者のやる気と能力に大きく依存するため、本人のエンジンがかからない選択肢は合理的でも失敗する。そのうえで提案している方向性が、同業態を複数ではなくコンセプト軸での多業態展開です。京都に野菜を軸にイタリアン・和食・炉端焼きなど複数業態を展開する会社があり、一つのコンセプトで切って様々な業態を作る設計は経営者の情熱が乗りやすくリスクも分散します。よくある誤解は「同業態2店舗目がセオリー、リスクが低い」という一般論を鵜呑みにすること。相談者自身から本音を引き出す段階が、戦略論より先に要ります。

現場でよくある失敗と回避策

本書が最も厳しく書くのが、ヒアリングと称して一方的な説明会を開いている営業マンです。著者は「説明上手は売れない」「営業マンが饒舌に語るとお客さまは飽きてしまう」と書きます。回避策は商談時間の60〜70%を顧客の発話に使うと決めること。自分の発話が半分を超えたら「今うかがった点で、もう少し背景を教えていただけますか」を挟みます。

次が沈黙を埋めたがる失敗。本書の第3章は「沈黙を恐れる人は営業には向かない」と書きます。提案の最後に「きっとお客さまのお役に立てると思います」と言ったら、何も言わず相手の目を見て待つ。沈黙が3秒経っても焦らず5秒まで待つ、を自分のルールにします。

最後が「お願い」に逃げる失敗。クロージングで「何とかお願いします」を出した瞬間に、顧客は断りにくさと不快感を同時に抱えます。本書は断られたら「わかりました。今日は帰ります」と潔く帰り、そのうえで「今後もたまにお伺いさせてください」と次回のハードルを下げる一言を置く、と書きます。「お願い」の代わりに「次回の可能性を残す」と言葉を変えるだけで関係が継続します。

本書の主張と筆者が留保する点

本書の禁句とヒアリング術に強く賛同したうえで、経営者視点で留保するなら、本書は営業マン本人のエネルギーにあまり踏み込んでいません。本書の手順は正しくても、現場で動かすには営業マン本人が「この商品を売る意味がある」と腹落ちしていることが必要条件です。僕が関わる現場では、営業不振の原因が「営業マンが自分の商品を信じていない」「経営者自身が事業に腹落ちしていない」にある場合が半分近くを占めます。本人のエネルギーがゼロなら質問の一つ一つが空回りする。本書の技術論は経営者と営業マン本人のやる気が揃っている前提で動きます。その前提が崩れている時は、技術論の前に本心の言語化から始めます。

明日の一手:15分、直近の商談を「禁句リスト」で振り返る

明日、15分だけ時間を取って、次を紙に書いてください。

  1. 直近1週間の商談または提案の場面を1つ思い出す
  2. その場で自分が使った言葉のうち、本書が禁句として挙げている表現(「お世話になります」「ご説明させていただきたいと思います」「ニーズはありますか?」「そこを何とか」「また連絡します」)が何回出たかを数える
  3. 裏ニーズ(なぜ相手がそれを求めているか)を聞く2段目の問いを、自分がその場で1回でも発したかを確認する

1と2は本書の禁句チェック、3はヒアリング原理のチェックです。3が空白なら、次の商談で「なぜ、それを検討されているんですか」の1問を必ず入れる、と自分に決めてください。1問を足すだけで、相手の本音が出る確率は変わります。この本の技法は積み重ねで効きますが、始まりはこの1問です。

この記事の根拠と執筆背景

主要な参考書籍

本記事は渡瀬謙 著『トップセールスが絶対言わない営業の言葉』(日本実業出版社、2017年)を主要な参考書籍としています。特に「はじめに」の禁句という概念、第1章「意外に重要な挨拶の言葉」(電話アポの『お世話になります』、満面の笑顔、『お願い』より『問い合わせ』)、第3章「ニーズを探る絶妙なヒアリング」(裏ニーズ、沈黙を恐れない、心理読み取りより本音を引き出す)、第4章「相手が身を乗り出して聞く説明」(デメリットトーク、機能性靴の事例)、第5章「押さないクロージング」(『わかりました。今日は帰ります』)を参照しました。記事内の「ヒアリング3段の問い(表ニーズ→背景→動機)」の3段目設計は本書原典の直接記述ではなく、BtoBの複数人意思決定向けに筆者が補足した実務翻訳です。

引用した支援事例について

  • 事例①: 製造業・PC向けパーツ等のプラスチック加工(従業員20名程度・年商2〜3億・50代2代目経営者、2023年春頃〜現在も緩やかな関係継続)。社長と古参社員の誤解を紐解く中立役として介入し、従業員定着率向上と紹介雇用の発生につながった実例。社名・個人名は匿名化。
  • 事例②: 不動産関連(代表+従業員1名・年商5,000万未満・34歳経営者、2024年秋頃)。従業員評価の表ニーズの裏に「社長の苦手業務の棚卸し不足」があることを引き出し、評価軸を「社長のストレス軽減」から逆算する設計に組み直した案件。社名・個人名は匿名化。

アドバイス事例(想定相談)について

「2店舗目を出すか、新業態に挑むか迷っている」の想定相談は、年商8,000万の飲食業経営者を想定した筆者の思考プロセスを示すもので、実在の特定案件ではありません。

執筆日・最終更新日

執筆: 2026-04-22 / 最終更新: 2026-04-22(原典PDFベース再リライト)

著者について

枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士、複数法人経営者。九州中心に営業改善・組織改革・資金繰り改善・事業承継の伴走支援を実施。

えだもん (中小企業診断士)

中小企業診断士/連続起業家。21歳で起業、以来14年でビジネス書2,000冊超を読破。実務で効いた本だけを紹介する「課題突破の選書エージェント」運営者。

関連記事

特集記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

TOP
CLOSE