診断士で稼げない人の構造|長尾一洋『年収1億稼ぐ方法』を現役・後ろ向きテーマ専門の立場から読む

キャリア・複業

本書の骨格:「士業」発想を捨てて「何業」で稼ぐか

長尾一洋『中小企業診断士になって「年収1億」稼ぐ方法』は、診断士が独立して稼げない現状を正面から扱う希少な一冊です。本書の第1章の見出しが象徴的で、「『中小企業診断士業』というものは存在しない」と断言します。士業という発想で止まっているから稼げない、「何業」で起業するかを先に決めろ、というメッセージです。

本書の主張を読み進めると、タイトルの「年収1億」は天井値であり、本書の実用的な骨格は年収1000〜3000万レンジへの到達を阻む構造の分析にあります。ただしこれも、後半で触れる通り、著者自身のハードセールス型・デジタル標準化型の戦略を前提にした数字です。

現役の中小企業診断士として複数法人を運営している立場から、そしてマスター自身が本書の言う「後ろ向きなテーマ」(資金繰り改善・補助金・借換・事業承継)を主戦場にしている立場から、本書の主張と現場の実情の差分を整理します。

本書が明確に否定している診断士の稼ぎ方

否定1:公的支援業務に頼る稼ぎ方

本書の第3章は「国や自治体、商工会議所の補助業務で大きく稼ぐことはできない」という節から始まります。著者自身の経験として、広島県で最年少の診断士としてキャリアをスタートし、各種窓口で歓迎されたが、実績のあるベテランに仕事が集中して自分には回ってこなかった、と書きます。公的支援は単価が安く、大きな売上にはならないと明言しています。

否定2:下請け仕事や補助金申請に依存する稼ぎ方

本書は「下請け仕事や補助金申請で儲かるわけがない」とも書きます。報酬は安く、実績としても次の仕事の獲得につながらない、という立場です。決まったフォーマットに沿って決まった内容を埋めるだけの作業で、あまり勉強にもならない、という評価も添えられています。

否定3:「顧客開拓のきっかけ」という言い訳

本書は、公的支援業務や先輩診断士からの仕事を「顧客開拓のきっかけ」として取り組む発想を、「自分が本気で顧客開拓をしない言い訳だ」と切り捨てます。取っつきやすい営業方法に逃げているだけだ、という厳しい立場です。

本書が推奨する稼ぎ方

推奨1:「前向きなテーマ」で顧客開拓せよ

本書の第5章は「前向きなテーマで顧客開拓し、理想のクライアントを見つける」と題されています。前向きなテーマの例として挙がっているのが、人材採用・IT活用・売上アップ・戦略立案。逆に資金繰り・銀行対策・補助金助成金支援・リストラ・コストダウンは「後ろ向きなテーマ」と明確に分類されます。

推奨2:自分を客体化する売り物を用意する

第3章の「自分を客体化する売り物を用意する」では、売り物は自分自身であり、自分の価値をしっかりアピールして「先生」としてリスペクトを得ることが受注の前提だ、と書かれます。異業種交流会での人脈作りや、友人感覚での紹介経由はお友達価格を呼ぶので避けるべきだ、とも。

推奨3:デジタルで標準化して限界費用ゼロにする

第6章は「デジタルで標準化を実現し、人的リソースを最大化」。メソッド・フレームワーク・指導内容をデジタル化し、24時間365日稼働する設計にすることで、億を狙える事業構造になる、という主張です。著者自身の会社(NIコンサルティング)の事業モデルが背景にあります。

本書の主張と「後ろ向きテーマ専門」の現役診断士の差分

僕自身は本書が「後ろ向き」と分類するテーマ(資金繰り改善・借換・補助金活用・事業承継)を主戦場にしています。本書の主張からすれば、この選択は「稼げない領域への自己流出」に見えるはずです。ただ、現場感覚としてはこの選択で長期顧問契約と信頼関係を積み上げられているので、本書の主張には賛同と留保を並べた読み方をしています。

賛同する部分

本書が指摘する「公的支援業務だけに依存する稼ぎ方」「下請け仕事の悪循環」「顧客開拓の言い訳化」は、事実として中小企業診断士が陥りやすい構造です。これらに依存した収入構造では、本書の言う年商レンジに届かない。この診断は正しいと思います。

留保する部分

本書の「前向きテーマ vs 後ろ向きテーマ」の分類は、著者の戦略を前提にしています。後ろ向きテーマを「伴走型」で扱うと、長期顧問契約の単価は決して低くないというのが現場の実情です。資金繰り改善を単発の補助金申請サポートではなく、財務設計と銀行交渉の伴走として扱えば、数ヶ月単位の関与で月額顧問契約に接続します。著者のデジタル標準化型モデルと、マスター型の伴走モデルは、狙う収入構造が違うだけで、どちらも内部に閉じた論理としては成立します。

本書の主張の盲点

本書が明示的には扱っていないのが、「経営者の最も痛い局面」に入り込む診断士の長期的リターンです。後ろ向きテーマは切迫感があり、経営者の本音が出やすい。そこで一度信頼を得れば、その後の前向きテーマ(新規事業・採用・組織改革)の相談も自然に流れてきます。最初の入口を後ろ向きテーマで開け、中長期で前向きテーマに広げる、という動線は本書の枠組みでは描かれていません。

後ろ向きテーマで顧問契約に繋がった事例:福祉施設の借換一本化

2024年秋から継続支援に入っている福祉施設の37歳・2代目経営者のケースです。最初の相談は「資金繰り改善の診断をしてほしい」という単発依頼でした。本書の分類でいう「後ろ向きテーマ」そのものです。

僕が実際にやったのは、借換一本化の計画策定と、銀行員への説得の場への同席まででした。2年近く遅れなく返済してきた実績を銀行に伝える説明、返済計画への質問への同席回答、国の借り換え一本化制度の活用提案。この伴走の結果、1億弱・15年での引き直しが通り、月次キャッシュフローが60万円ほど改善しました。

この案件以降、この会社からは毎月の顧問契約を継続して頂いています。資金繰り改善という本書の「後ろ向きテーマ」が、伴走型で実装されたことで、結果として中長期の収入源になった実例です。本書の分類では捉えきれない動線があることを示しています。

補助金支援の伴走が2店舗目の開業に繋がった事例

もうひとつ、美容関連(無人化・セルフ式の脱毛サロン)の開業支援のケースです。開業時の広告費用の捻出が課題で、相談を受けました。本書が否定的に扱う「補助金申請」がまさに入口です。

小規模事業者持続化補助金の申請書作成から採択までを伴走し、200万円の補助金を確保しました。ここも提案書だけ書いて終わらせず、採択後の広告出稿計画への壁打ち、初速の販促効果のレビューまで並走しました。補助金活用後にお店が順調に伸び、2店舗目の開業まで到達しました。

この事例も、本書の分類では「後ろ向きテーマ × 下請け仕事」の典型に見えるはずですが、実際には伴走型の関与によって経営者との関係が強化され、中長期のクライアントとして残っています。

もし「個人事業で立ち上げた診断士事業を法人化すべきか」という相談が来たら

仮に独立3年目の診断士から「そろそろ法人化したほうがいいのか、売上規模的に迷っている」と相談が来たら、僕が確認するのは売上額ではなく、「ビジネスループが回っているか」です。

ループが回っているとは、毎月の顧問契約が複数本安定していて、新規の紹介・問い合わせが止まらず、来年の売上見込みが8割程度は埋まっている状態を指します。この状態なら、法人化によって社会保険・信用力・採用の準備が整います。

逆に、単発案件の寄せ集めで売上が立っているだけなら、法人化しても固定費(社会保険料・法人住民税・税理士顧問料など)が先に重くのしかかり、資金繰りを圧迫します。売上規模で法人化を判断するのではなく、翌年の売上の再現性で判断する方が、診断士のような一人法人の場合は実情に合います。本書は診断士の稼ぎ方を扱いますが、法人化のタイミングまでは踏み込んでいません。この部分は自分でも本人の数字を前に考える必要があります。

本書を「職人型診断士」路線で読み替えるときの3つの鉄則

本書を否定するのではなく、著者のデジタル標準化路線とは異なる「職人型診断士(伴走型)」路線で読み替えると、次のように整理できます。1〜3は本書の主張、4〜6は筆者の読み替えです。

  1. 本書の1:士業発想を捨て、自分は「何業」かを定義する
  2. 本書の2:公的支援業務の単発受注に依存しない
  3. 本書の3:前向きテーマで顧客開拓する/後ろ向きテーマを避ける
  4. 筆者の読み替え1:「後ろ向きテーマの伴走」で入り口を開け、月額顧問契約に接続する
  5. 筆者の読み替え2:経営者の最も痛い局面に入り込むことで、長期関係が築ける
  6. 筆者の読み替え3:動機の言語化を自分自身でもクライアントに対しても先に置く

この読み替えを含めて本書を読むと、「年収1億」の天井値を追わなくても、診断士として長く続けられる事業構造が見えてきます。

明日の一手:15分で「誰の何を」と「なぜやるのか」を紙に書く

明日、15分だけ時間を取って、次を紙に書いてください。

  1. 最も得意または情熱を注ぎたい業種・規模・テーマ(1組)
  2. その分野で、自分は誰の何を変えるために診断士をやるのか(1文)
  3. その答えに、自分が今週使っている時間の配分は合っているか(はい/いいえ)

1が本書の「何業」を定義する問い、2が動機の源、3が整合性のチェックです。2が空白なら、本書の戦術論を読むより先に動機の言語化に時間を使う方が効きます。本書は動機が立っている診断士にとっての地図ですが、動機が定まっていない段階で地図を広げても歩き出す方向が決まりません。

この記事の根拠と執筆背景

主要な参考書籍

本記事は長尾一洋 著『中小企業診断士になって「年収1億」稼ぐ方法』を主要な参考書籍としています。第1章「『中小企業診断士業』というものは存在しない」、第3章「営業を制する者が中小企業診断士を制す」、第5章「前向きなテーマで顧客開拓し、理想のクライアントを見つける」、第6章「デジタルで標準化を実現し、人的リソースを最大化」を中心に参照し、筆者自身の「後ろ向きテーマ専門・伴走型」の実務経験と対比する形で整理しました。記事内の「職人型診断士路線の3つの読み替え」は本書原典の直接記述ではなく筆者の実務翻訳です。

引用した支援事例について

  • 事例①: 福祉施設(37歳・2代目経営者・2024年秋から継続支援)。資金繰り改善の伴走支援として借り換え一本化(1億弱・15年)で月次キャッシュフローを約60万円改善。以降、月額顧問契約を継続。社名・個人名は匿名化。
  • 事例②: 美容関連(無人化・セルフ式の脱毛サロン)の開業期支援。小規模事業者持続化補助金の申請支援から採択、200万円の補助金確保、初速の販促伴走を経て2店舗目の開業に到達した案件。社名・個人名は匿名化。

執筆日・最終更新日

執筆: 2026-04-21 / 最終更新: 2026-04-21(原典PDFベース再リライト)

著者について

枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士、複数法人経営者。九州中心に資金繰り改善・事業承継・補助金活用・組織改革の伴走支援を実施。

えだもん (中小企業診断士)

中小企業診断士/連続起業家。21歳で起業、以来14年でビジネス書2,000冊超を読破。実務で効いた本だけを紹介する「課題突破の選書エージェント」運営者。

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