本書が提示する6つの階段とその名前
ニック・マジューリ『THE WEALTH LADDER 富の階段』は、資産を次の6段階に分け、それぞれに明確な名前を付けます。
- レベル1 ― 余裕なし(資産1万ドル未満):支出をすべて細かく管理する段階
- レベル2 ― 食料品の自由(1万〜10万ドル未満):スーパーで値段を気にせず食品を選べる
- レベル3 ― レストランの自由(10万〜100万ドル未満):レストランで好きなメニューを選べる
- レベル4 ― 旅行の自由(100万〜1000万ドル未満):好きなときに好きな場所に旅行できる
- レベル5 ― 住居の自由(1000万〜1億ドル未満):資産に大した影響を与えずに夢の家を買える
- レベル6 ― 影響力の自由(1億ドル以上):企業買収や大規模な慈善で他人の人生に影響を与えられる
著者は絶対値にこだわらず「物価や通貨で調整してよい」と明言していて、重要なのは具体的な金額ではなくこの階段構造そのものだと述べています。
本書の核心:0.01%ルール
本書を単なる資産分類の本にしていないのが、0.01%ルールと著者が呼ぶ指標です。資産の0.01%は、自分のファイナンスに長期的な影響を与えない「取るに足らない金額」の目安になる、という主張です。
具体的に言うと、次のように対応します。
- レベル1(資産1万ドル未満):自由に判断できる範囲は0.01〜0.99ドル
- レベル2(1万〜10万ドル未満):1〜9ドル
- レベル3(10万〜100万ドル未満):10〜99ドル
- レベル4(100万〜1000万ドル未満):100〜999ドル
- レベル5(1000万〜1億ドル未満):1000〜9999ドル
- レベル6(1億ドル以上):1万ドル以上
この発想を入れると、各レベルの名称(食料品/レストラン/旅行/住居/影響力)が具体的な支出の自由度として腹落ちします。
本書のもう一つの原則:収入ではなく資産に基づいてお金を使う
本書で著者が強く念を押すのが、支出の判断軸は収入ではなく資産に置くべきというメッセージです。年収1000万ドルでも資産がレベル1相当なら、レベル5のような支出をすべきではない、という立場。収入は「気まぐれ」で、高所得者ほどマイナスのショックが継続するという全米経済研究所のデータも引用されています。
中小企業経営者にこの主張はかなり効きます。経営者の収入は事業の波を受けるので、「昨年の収入」基準でライフスタイルを上げると、収入が下がったときに固定費が残り続けます。毎月の支出基準を「個人の資産」に置けば、事業が一時的に傾いても生活が崩れにくい。
本書の第3の原則:流動資産で階段を測る
本書第1章の末尾で、著者はもうひとつ重要な区別を入れます。総資産ではなく流動資産で階段位置を測るという原則です。住宅資産や年金口座は帳簿上の資産には含まれるが、すぐには使えない。支出目的では流動資産だけで階段を判断するほうが合理的、という主張です。
本書では米国の読者を前提にしているので、対象は主に住宅資産と年金口座の扱いです。日本の中小企業経営者が同じ話を使うときは、さらにもう1段の補正が要ります。
中小企業経営者に固有の補正:連帯保証残を差し引く
日本の中小企業経営者は、会社借入に対して個人連帯保証を差し入れているケースが多い。最悪のシナリオで連帯保証が実行されると、帳簿上の個人資産は一気に目減りします。本書の流動資産ベースの判定に、もう1段の補正として会社借入の連帯保証残額を差し引く処理を入れる必要があります。
この補正を入れると、帳簿上レベル4に見える経営者が実質レベル2という例が普通にあります。本書の米国のLLC経営者を前提にしたモデルには、この補正は織り込まれていません。日本の読者、特に経営者が本書を実装するときの追加ステップとして押さえておく論点です。
「0.01%ルール」を連帯保証補正後の実質純資産で計算するのが経営者用
この補正を経由すると、本書の0.01%ルールも別の顔を見せます。帳簿上レベル4(資産100万〜1000万ドル相当)に見えるから100〜999ドルの追加支出が「取るに足らない」と判断して使い続けると、連帯保証が実行されたときに一気に破綻する構造になります。連帯保証残を差し引いた後の実質純資産で0.01%ルールを回すほうが、経営者にとっては実情に合う安全側の判定になります。
連帯保証整理と階段上昇を同時に進めた事例
2024年秋から継続支援に入っている福祉施設の37歳・2代目経営者のケースです。会社借入の連帯保証が実質1億弱あり、個人純資産の帳簿上の数字がどの段階に届いていても、連帯保証を差し引いた実質純資産で見るとレベル1(余裕なし)相当の脆さが残っていました。
この経営者に提案したのは、個人資産を増やす話ではなく、先に連帯保証の実効リスクを下げることでした。国の借り換え一本化制度を使って1億弱を15年で引き直し、金利は若干上がりましたが、返済ペースが減価償却費と同等水準まで落ち、月次キャッシュフローが60万円ほど改善しました。
浮いたキャッシュは人手不足がボトルネックだった事業体への雇用拡大に回し、売上も伸びています。本書の階段モデルを使うときに、日本の経営者はまず連帯保証という日本固有の構造を整えることから始める必要がある、という実例になりました。
別業種の例:承継後の2代目が踏んだ同じ踏板
2023年春から関わっている熊本の製造業(プラスチック加工、従業員20名程度)の事例もあります。50代・2代目社長で、前経営者からの引き継ぎが十分でなかったことが原因で、古参社員との間に見えない壁がありました。結果として会社の収益率が停滞し、経営者個人の階段も止まっていた構造でした。
僕が中立役として入り、社長の真意(良い会社を作りたい、賃金が上がらないのは会社全体の収益率低下が原因)を社内に通訳する役を担いました。短期的な売上改善は見えにくい支援でしたが、従業員定着率が先に改善し、紹介採用も生まれました。熊本の半導体工場立ち上げという外部環境の追い風もあり、最近はPC関連部品の受注が増えていると社長は話しています。
この経営者の階段を押し上げたのは個人の投資行動ではなく、会社の収益構造を直すことでした。本書の段階モデルだけを読むと個人の資産配分で階段を登る絵になりがちですが、中小企業経営者の場合は会社の収益構造を直すことが個人資産の階段を上げる一番速い経路になることが多い。
もし「早くレベル5に上がりたい」という相談が来たら
仮に40代半ばの経営者から「本書のレベル5(住居の自由)に早く上がりたい」と相談が来た場合、僕が最初に返すのは金額の話ではありません。「レベル5に上がった後、何をやりたいですか」という問いの方です。
経営者が燃え尽きる典型的なパターンは、ゴールが曖昧なのにゴール近くまで来てしまったケースです。金額目標だけが先に立ち、達成後の時間の使い方が設計されていない。達成感のないまま次のゴールを探すか、気力が途切れて急速に事業への集中を失うかのどちらかになります。
もうひとつよくあるのは、「社長はこうあるべき」という自己呪縛を背負ったまま登り続けるケース。会社を大きくするべき、従業員を増やすべき、資産を増やすべき。これらの「べき」の出所を本人に言語化してもらわないと、階段を登り切った後に残るのは疲労だけになります。本書の階段モデルは「登り方」を教えてくれますが、「登る理由」は本人の中にしかない。この問いは本書の守備範囲の外に置かれています。
本書を使うときの中小企業経営者向けの補正ルール
- 階段位置は流動資産で測る(本書第1章の原則)
- その流動資産から会社借入の個人連帯保証残を差し引いた実質純資産で階段を判定する(日本の経営者向けの追加補正)
- 登る理由を本人の中で言語化する(本書が暗黙に前提とする、経営者にとって最も重要な工程)
明日の一手:15分で「実質純資産」と「登る理由」を書き出す
明日、15分だけ時間を取って、紙に書いてください。
- 流動資産の計算:預貯金+証券口座+投資信託など、すぐ換金できるもの(不動産・年金口座は除く)
- 連帯保証補正後の実質純資産:1から会社借入の個人連帯保証残を差し引く
- 登る理由の言語化:その階段を登り切った先で、いくつのとき・何をしている自分でいたいか
数字と言葉が揃って初めて、本書の戦略論を自分の文脈で選べるようになります。どちらが先かと問われれば言葉の方です。数字だけ揃えても、登る方向がなければ階段は道具になりません。
この記事の根拠と執筆背景
主要な参考書籍
本記事はニック・マジューリ 著『THE WEALTH LADDER 富の階段』を主要な参考書籍としています。書中の6段階(余裕なし/食料品の自由/レストランの自由/旅行の自由/住居の自由/影響力の自由)と「0.01%ルール」、「収入ではなく資産に基づいて使う」「流動資産で階段を測る」という第1章の主張を引用したうえで、日本の中小企業経営者に特有の「連帯保証残を差し引く実質純資産補正」を筆者の実務翻訳として追加しました。
引用した支援事例について
- 事例①: 福祉施設(37歳・2代目経営者・2024年秋から継続支援)。国の借り換え一本化制度で1億弱・15年の引き直しを実施し、月次キャッシュフローを約60万円改善。社名・個人名は匿名化。
- 事例②: 熊本の製造業(プラスチック加工・従業員20名程度・50代2代目)における2023年春からの関与。承継期の組織改革支援。社名・個人名は匿名化。
執筆日・最終更新日
執筆: 2026-04-21 / 最終更新: 2026-04-21(原典PDFベース再リライト)
著者について
枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士、複数法人経営者。九州中心に経営改善・連帯保証整理・事業承継の伴走支援を実施。

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