「部下が動かない」を感情ではなく仕組みで解決する|『リーダーの仮面』を中小企業で試した実録

経営改善

「部下が動かない」を感情で解決しようとすると、ほぼ失敗する

小さな会社の社長から受ける相談で、最も多いのは「部下が思ったように動かない」という悩みです。僕は中小企業診断士として九州中心に伴走支援をしていますが、10社に7社は形を変えてこの悩みにぶつかっています。

そしてほとんどの経営者が、最初はこれを「感情の問題」として解決しようとします。もっと熱く語れば伝わるはず。もっと丁寧に接すれば応えてくれるはず。飲みに連れて行けば距離が縮まるはず。

結論から言うと、この方向性では問題は解決しません。一時的に関係は良くなっても、数週間後には元の状態に戻る。疲弊するのは経営者本人です。

今日話したいのは、安藤広大さんの『リーダーの仮面』を手がかりにしながら、僕が現場で試してきた「仕組みで部下を動かす」という考え方です。ただし、本書の理論をそのまま中小企業に持ち込むと事故を起こす箇所もあります。その補正も含めて話します。

事例1:不動産会社の34歳社長が、1年で「任せ方」を変えた話

最初に、僕が2024年秋から支援に入った会社の話をします。

不動産関連の法人、代表者プラス従業員1名、年商5,000万未満。社長は34歳で、30代半ばの若い経営者です。相談の入り口は「新しく雇った従業員が給与に見合う働きをしているかピンとこない」という、採用後よくある悩みでした。

ヒアリングを進めると、根っこに別の問題が見えてきました。社長自身が「自分でやった方が早い」業務を抱え込み、苦手な業務だけを部下に投げていたのです。本人も「これでは評価のしようがない」と気づいていたが、どう変えればいいか分からない状態でした。

僕が提案したのは、評価軸の根本的な切り替えです。「アウトプットの量」ではなく、「社長が苦手でストレスになる業務を代わりにやってくれることの精神的価値」から金額を逆算する、という視点です。社長が得意な業務を手放すのではなく、社長のストレス源を任せる設計に変える。

この提案が採用されてから約1年。結果として、社長が苦手だが従業員が積極的にやってくれる業務が見つかり、会社全体の売上と利益が伸びる状態に移行しました。社長はいまこう話しています。「雇った従業員を活かせるかどうかは、経営者次第だった」と。

『リーダーの仮面』が提示する5つの視点

この事例を踏まえた上で、本書の核心を整理します。

『リーダーの仮面』は、識学(しきがく)という組織論の考え方を基にした書籍で、リーダーが日常で見るべき視点を5つに絞っています。

  • ルール:組織の決まりを守らせる。ルールの曖昧さが全ての問題の入口になる
  • 位置:自分の立場と相手の立場を明確にする。上司と部下の役割を混ぜない
  • 利益:感情ではなく利益で人は動く。組織の利益と個人の利益を一致させる
  • 結果:プロセスではなく結果で評価する。頑張りは見ない
  • 成長:結果を積み重ねて成長する。経験を通して能力を引き上げる

本書が繰り返し主張するのは、「リーダーは仮面をかぶって役割に徹する」という姿勢です。感情を切り離し、個人として好き嫌いを持ち込まず、組織の機能として振る舞う。これが本書の根幹です。

先ほどの不動産会社の事例で言えば、社長が「自分がやった方が早い」という感覚から抜け出し、「任せることが社長の役割」と割り切れた瞬間に、結果が動きました。本書の「仮面」という比喩は、この切り替えを後押しする強力な言葉です。

本書の「5つの視点」と中小企業の現実との距離

ここから、本書の限界についても正直に話します。

『リーダーの仮面』は優れた書籍ですが、本書が前提にしているのは、従業員100人前後の中堅企業の中間管理職です。社長と現場の間に管理職層があり、管理職が「仮面」をかぶって現場をマネジメントする、という構造を想定しています。

ただ、僕が支援している会社の多くは従業員10〜30名規模で、社長自身がプレイヤーも兼ねているケースが圧倒的です。この場合、本書の理論をそのまま適用すると無理が出る箇所が3つあります。

1つ目は「結果だけを見る」という原則。従業員10人の会社では、結果が出るまで待っている余裕がないことがあります。1人の失注が月次売上の20%を削るような規模感では、プロセスに介入せざるを得ない局面が存在する。

2つ目は「感情を切り離す」という姿勢。中小企業では、社長と従業員が家族ぐるみで付き合うような関係性が普通にあります。この関係性を完全に否定すると、逆に組織の強みを潰すことになる。適度な距離感の設計が必要です。

3つ目は「ルールを徹底する」という前提。本書はルールが明文化されている前提ですが、中小企業ではそもそもルールを書き出したことがない会社が多い。まず書き出す作業から始める必要があり、本書はその手前のステップを省略しています。

つまり本書は、「仮面をかぶる」という姿勢を学ぶ一冊として優れていますが、それを実装する手順は中小企業の現実に合わせて組み直す必要があります。

事例2:人材派遣会社が2年で従業員3倍になった「思い込み外し」

本書の限界を補う視点として、もう1件の事例を紹介します。

2022年頃、人材派遣とイベント事業を営む会社の33歳の社長から相談を受けました。スキルのある個人が集まったフリーランスチームのような会社で、給料はしっかり払っているので退職者は少ない。ただ、社長は「会社のために何かをしようという気持ちが従業員に薄い」と悩んでいました。

僕が提案したのは、本書の「仮面」とは真逆の視点でした。「辞めないこと自体が、会社に対する愛着の証ではないですか」という問いかけです。

転職が容易で退職代行まで使われる時代、給料だけでは人は残らない。この社長の人徳や取り組みや思いが、既に十分に伝わっているから、人が辞めずに採用も継続できているのではないか。そう考え方の転換を促しました。

結果、社長の「思い込み」が外れたことで経営判断が一気に前進。2年間で従業員数が3倍近くに増え、事業規模も大きく成長しました。社長は後にこう話しています。「思い込みが外れたことで、前に進めた」と。

この事例は、本書の「仮面」一辺倒では説明しきれません。中小企業の経営者は、「仮面をかぶる局面」と「人間として向き合う局面」を場面で使い分ける柔軟さが求められます。

中小企業の経営者が「仮面」を正しく被るための3つの工夫

2つの事例と本書を往復した上で、中小企業で実装可能な「仮面の使い方」を整理します。

1つ目、仮面をかぶる場面を事前に決める。毎週月曜の定例会議、月次の評価面談、年次の戦略会議——こうした「制度的な場」では仮面をかぶって結果で話す。逆に、日常の雑談や飲み会では外す。場面を区切ることで、従業員も期待値を調整しやすくなります。

2つ目、ルールを書き出してから仮面をかぶる。本書が前提にするルールがそもそも存在しない会社では、まず「こういう時にはこう動く」を一覧化する。この作業自体が1〜3ヶ月の意味のある仕事です。ルールが決まってから、仮面が機能します。

3つ目、「任せ方」を社長のストレス軸で設計する。不動産会社の事例で話した通り、任せる業務を「アウトプット量」ではなく「社長のストレス軽減」で選ぶ。これが、中小企業における「位置」の再定義です。

明日の一手:部下との1on1の前に、3つだけ書き出す

ここまで読んでくれた経営者・リーダーへ、具体的な一歩を提案します。

明日、部下との1on1の前に、15分だけ時間を取って次の3つを紙に書き出してください。

  1. 自分が「苦手だが、部下が引き受けてくれている業務」を3つ書く
  2. その業務1つあたり、自分が月間で何時間ストレスから解放されているかを書く(ざっくり見積もりで可)
  3. その時間的・精神的価値を金額換算すると、いくらか

この3つの数字を握った上で1on1に入ると、「君の仕事はこういう価値がある」という評価が、感情ではなく数字で伝えられます。本書が言う「仮面」を、中小企業の現実に合わせた形で被ることができます。

『リーダーの仮面』の真価は、このように一度自分の会社の文脈に翻訳した上で使うときに最も発揮されます。本書を読む前に、この15分の書き出しを試してみてください。本書の章ごとの解像度が、翻訳後に読む方がはるかに高くなります。

この記事の根拠と執筆背景

主要な参考書籍

本記事は安藤広大 著『リーダーの仮面——「いちプレーヤー」から「マネジャー」に頭を切り替える思考法』(ダイヤモンド社、2020年)を主要な参考書籍としています。本書の核心である「5つの視点(ルール・位置・利益・結果・成長)」と「仮面をかぶる」という姿勢を、中小企業の現場に翻訳する形で解説しました。

引用した支援事例について

  • 事例1: 不動産関連の法人(代表+従業員1名・年商5,000万未満)における2024年秋〜現在の支援経験に基づきます。経営者は30代半ば。社名・個人名は匿名化しています。
  • 事例2: 人材派遣+イベント事業の会社における2022年頃〜現在の定期コミュニケーションに基づきます。経営者は33歳(相談時)。社名・個人名は匿名化しています。

執筆日・最終更新日

執筆: 2026-04-19 / 最終更新: 2026-04-19

著者について

枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士、複数法人経営者。九州中心に事業承継・資金繰り改善・組織改革・補助金活用の伴走支援を実施。「理論は正しいのに現場で動かない」というギャップを埋める実務家として本メディアを運営しています。

えだもん (中小企業診断士)

中小企業診断士/連続起業家。21歳で起業、以来14年でビジネス書2,000冊超を読破。実務で効いた本だけを紹介する「課題突破の選書エージェント」運営者。

関連記事

特集記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

TOP
CLOSE