「給与を上げたのに、なぜ?」エンゲージメント低下と離職率増加に悩む経営者・人事担当者へ
毎年ベースアップを実施した。福利厚生も充実させた。フレックスタイムも導入した。それでも、優秀な人材が辞めていく。残った社員の目から、光が消えていく。——この「なぜ?」という問いを抱えたまま、また来期の採用予算を積み上げようとしているなら、今すぐ手を止めてほしい。
その問いへの答えは、残酷なほどシンプルだ。給与は「不満を消す薬」であって、「エンゲージメントを生む栄養」ではない。これは僕の感想ではなく、行動経済学者フレデリック・ハーズバーグが半世紀以上前に証明した「二要因理論」の結論であり、現代の組織研究が繰り返し追認してきた事実です。
給与を上げることで達成できるのは、せいぜい「給与への不満をゼロにする」ことだけです。不満がゼロになっても、エンゲージメントはゼロのまま。つまり、給与改善という投資は、社員の「辞める理由」を一つ潰すだけで、「ここで働き続けたい」という能動的な意志は、1ミリも生み出していない。
それでも多くの経営者・人事担当者が給与と待遇の改善に血眼になるのは、数字で測れるからです。「今期、平均給与を8%引き上げました」と取締役会で報告できる。だが、エンゲージメントスコアが翌年も横ばいだったとき、その8%はP/L上のコストとして残るだけで、B/Sには何も積み上がっていない。人件費という「費用」を積み増しながら、人的資本という「資産」はむしろ目減りしている——これが、今あなたの会社で起きていることの財務的な実態です。
離職率が高い組織の本当のコストを、一度でも試算したことはあるでしょうか。採用コスト、研修コスト、引き継ぎロス、残留社員の士気低下による生産性減……一人の中堅社員が辞めるコストは、年収の1.5倍から2倍に相当するというのが、人事コンサルティングの現場での相場感です。離職率が10%の100人企業なら、毎年10人が辞める。年収500万円の社員が10人辞めれば、見えないコストは7,500万円から1億円規模に達する計算になります。それでも「採用と給与改善で対処する」と言えますか。
問題の根は、もっと深いところにあります。社員が組織を離れる本当の理由は、「つながりの欠如」です。自分の仕事が誰かの役に立っているという実感。信頼できる同僚との関係性。自分がこの組織に必要とされているという帰属感。これらが失われたとき、どれだけ給与を積んでも、社員の心は既に組織の外に出ています。給与は引き留めの道具にすらならない。それはちょうど、底に大穴が空いたバケツに、どれだけ水を注いでも満たされないのと同じ構造です。注ぐ行為そのものが間違っているのではなく、バケツの構造を直さない限り、注ぐ努力は永遠に報われない。
『トリニティ組織』は、この「バケツの穴」の正体を、データと構造で白日の下に晒した一冊です。同書が示すのは、三角形のネットワーク——すなわち「A・B・Cの三者がお互いを知っている」という関係性の密度が高い組織ほど、従業員の幸福度が高く、結果として生産性が有意に向上するという事実です。エンゲージメントは感情論ではなく、組織のネットワーク構造という、測定可能な経営指標なのです。
人事施策の優先順位を、今すぐ根本から問い直す必要があります。給与テーブルの見直しに費やしている時間と予算の一部を、組織内の「つながりの設計」に振り向けるだけで、エンゲージメントと離職率の数字は、これまでとは全く異なる方向に動き始めます。その設計図が、この本の中にあります。
今この瞬間も、あなたの会社では優秀な誰かが「辞めようか」と考えているかもしれない。その決断を翻す最後の一手が、給与の上乗せではないことは、もうわかっているはずです。この消耗戦から抜け出す鍵は、一冊の本の中にあります。組織の「つながり」を再設計するための具体的な思考フレームを、今すぐ手に入れてください。
見過ごされてきた真実:なぜ従来のエンゲージメント対策は失敗するのか?「V字」構造が組織を蝕む
では、その「バケツの穴」の正体は何か。アンケート調査か。研修か。1on1の導入か。——違います。これらは全て、穴の存在を認識した上で「もっと水を注ぐ方法」を工夫しているに過ぎない。穴を塞ぐアプローチではないのです。
エンゲージメント対策の現場で、僕が何度も目撃してきた光景があります。人事部が満を持して導入したパルスサーベイ。月次でスコアを集計し、低スコア部門に追加研修を実施する。マネージャーには「傾聴力向上」のeラーニングを課す。半年後、スコアは微増。しかし1年後には元の水準に戻っている。なぜか。スコアという「症状」を治療しているだけで、スコアを下げている「構造」には一切手をつけていないからです。
『トリニティ組織』が暴いた構造的な真実は、極めて明快です。人と人とのつながりには、本質的に異なる2つの形がある。一つは「V字」——あなたがAさんともBさんともつながっているが、AさんとBさんはつながっていない状態。もう一つは「三角形」——A・B・Cの三者が互いを知っており、関係が閉じた多角形を形成している状態。そして同書のデータが示すのは、組織内に「三角形」のつながりが多いほど従業員の幸福度は高く、「V字」が支配的な組織ほど孤立感と離職意向が高まるという、反論の余地のない相関です。
ここで多くの人事担当者が犯す誤解がある。「うちは1on1を充実させているし、社内SNSでつながっている人数も多い。V字じゃなくて、むしろつながりは豊富なはずだ」という反論です。しかし、これは「つながりの量」と「つながりの質(構造)」を混同した、致命的な勘違いです。一人の社員が社内で100人とつながっていても、その100本の線が全て自分を頂点とするV字の集合体であれば、その社員は構造的に「孤立した情報ハブ」でしかない。彼女が休んだ瞬間、その100人の間の情報と関係は断絶する。これは「つながりが豊富な組織」ではなく、「一人の人間への過剰な依存構造」であり、むしろ組織としての脆弱性そのものです。
さらに厄介なのは、現代の組織設計の「常識」そのものがV字構造を量産する仕組みになっていることです。ロジカルシンキングの教科書が教える「課題の細分化と部門への割り当て」——これは確かに問題を整理する上で有効な思考法ですが、組織設計に適用した瞬間に毒に変わります。マーケティング部、営業部、開発部、カスタマーサクセス部……機能で切り分けられた縦割り組織は、各部門が独立したサイロとして動くため、部門間のV字構造を構造的・必然的に生み出し続ける。部門長だけがその間を取り持つ「V字の頂点」となり、現場の社員同士はお互いの顔も仕事も知らないまま、同じ会社の同じ目標に向かって、孤独に働き続けることになる。
これは比喩ではなく、構造の話です。精緻に設計された縦割り組織は、エンゲージメントを破壊するための機械として、完璧に機能する。部門最適化のために設計した組織が、全体最適としての人材定着を破壊している——この皮肉な逆説に、多くの経営者はまだ気づいていません。
そして従来のエンゲージメント対策は、この構造的問題に対してどうアプローチしてきたか。全社研修で「コミュニケーションの重要性」を説く。懇親会の予算を増やす。チームビルディング研修を年一回実施する。——これはちょうど、エンジンを換装せずにカーナビだけをアップグレードしたF1カーのようなものです。どれだけ最新のナビを積んでも、根本的な駆動力が変わらなければ、レースでの順位は変わらない。研修で「もっと話しかけよう」と学んでも、翌週には元の縦割りサイロに戻り、構造が人の行動を上書きする。
重要なのは、V字構造の問題は「意識」や「文化」の問題ではないということです。どれだけ「オープンなコミュニケーションを」と経営者がメッセージを発し続けても、組織のネットワーク構造がV字を量産する設計になっている限り、その掛け声は空中に消える。構造が文化を規定するのであって、文化が構造を変えることはない。だからこそ、エンゲージメント施策のアプローチは根本から逆転させなければならない。意識改革の前に、構造改革。研修の前に、ネットワーク設計。
では、V字を三角形に変えるための具体的な設計とは何か。その答えが、『トリニティ組織』の核心にあります。
「トリニティ」という処方箋:組織を「三角形」で再構築し、エンゲージメントと生産性を同時に高める
構造が文化を規定する——そう断じた以上、次にやるべきことは一つです。構造を変える。具体的に、測定可能な方法で。『トリニティ組織』が提示する処方箋は、この一点に向かって一切の迷いなく設計されています。
その核心は、「V字」を「三角形」に変換するという、組織ネットワークの根本的な再構築です。あなたとAさん、Bさんの三者が互いを知っている——この「三角形」という閉じた関係構造を、組織の至るところに意図的に埋め込んでいく。シンプルに聞こえますが、これは「もっと話しかけよう」という意識改革の話ではありません。組織のネットワーク構造そのものを、設計レベルで書き換えるという、外科手術の話です。
まず着手すべきは、V字の可視化です。自社の組織内に、どれだけのV字構造が存在するかを、感覚ではなくデータで把握する。ソーシャルグラフ分析や、シンプルな「誰と誰を知っているか」のサーベイでも構わない。重要なのは、「誰がV字の頂点になっているか」を特定することです。多くの場合、それは有能なマネージャーや、社歴の長いベテラン社員です。彼らが「情報の要」として機能しているように見えて、実態は「孤立した橋」になっている。その橋が一本折れたとき、組織がどれほど脆弱になるかを、まず経営層が直視しなければならない。
可視化が終わったら、次はトリニティ・チームの組成です。部署の壁を意図的に越えて、異なる機能を持つ3名以上のメンバーが互いに協力し、知恵を出し合う小さなチームを作る。ここで絶対に犯してはいけない誤りは、「プロジェクトチームを作ること」と混同することです。トリニティ・チームの目的は成果物の生産ではなく、人と人の間に「三角形」の関係性を生み出すことそのものにある。成果は後からついてくる副産物です。目的と手段を逆にした瞬間、それはただの横断プロジェクトに成り下がり、半年後には形骸化する。
チームが機能するためには、心理的安全性が土台として不可欠です。しかしここでも、多くのCHROが誤解するポイントがある。心理的安全性は「何を言っても怒られない雰囲気」ではありません。「この場で自分の本音を言っても、関係性が壊れない」という確信です。その確信は、一回のワークショップでは生まれない。小さな自己開示と、それを受け止める経験の積み重ねによってのみ、少しずつ醸成される。だからこそ、チームには共通目標の設定と、その達成に向けた小さな成功体験の積み重ねが必要になる。「一緒にやり遂げた」という記憶が、三角形の辺を太く、強くしていく。
そして、このプロセスには明確な方向性があります。『トリニティ組織』が「スパイラルアップ」と呼ぶ概念です。人は誰でも、慣れ親しんだ「コンフォートゾーン」の中に留まろうとする。しかし成長も、エンゲージメントの向上も、そこからは生まれない。かといって、過度な負荷をかけたパニックゾーンに放り込めば、人は壊れる。その中間にある「フロー状態」——適度な挑戦と確かな手応えが交差する地点——に、人を意図的に誘導し続けること。これがスパイラルアップの本質です。そしてトリニティの三角形構造は、このフロー状態を個人ではなく組織全体で持続させるための器として機能します。一人が壁にぶつかったとき、三角形の他の二辺が支える。支えられた人間は、次に誰かを支える側に回る。この循環が組織全体に広がったとき、エンゲージメントと生産性は「どちらかを取れば、どちらかが犠牲になる」というトレードオフを超えて、同時に右肩上がりになっていく。
これは理想論ではなく、構造の必然です。三角形のネットワークが密な組織は、人が辞めにくく、かつ一人ひとりのパフォーマンスが上がる——この二つは同じ原因から生まれる同じ結果であって、どちらかを狙って達成するものではない。構造を正しく設計すれば、両方が勝手についてくる。逆に言えば、エンゲージメントと生産性を「別々の課題」として、別々の施策で対処しようとしている限り、あなたの会社は永遠にモグラ叩きを続けることになる。
ここで一つ、厳しいことを言わなければなりません。このステップを読んで「うちでもできそうだ」と感じたCHROの多くは、おそらく既存の組織構造の上にトリニティ・チームを「追加」しようとします。縦割りの部門体制はそのままに、横断チームだけを増やす。これは、老朽化した配管をそのままにして、新しいシャワーヘッドだけを取り付けるリフォームです。見た目は変わる。しかし根本の水圧は変わらないから、シャワーの出は改善しない。既存のV字構造が温存されたまま三角形だけを追加しても、構造の重力はV字に向かって働き続ける。トリニティの設計は、既存の組織設計の思想そのものと格闘する覚悟なしには、機能しません。
その格闘の地図として、『トリニティ組織』は機能します。データに基づいた構造論と、現場で使える実装の思想が、一冊に凝縮されています。エンゲージメントスコアを「感情の温度計」としてではなく、「組織ネットワーク構造の経営指標」として経営の意思決定に組み込む——その発想の転換を、今すぐ始めてください。
今こそ「つながり」をデザインする時:変化を恐れず、組織の未来を切り拓こう
ここまで読んできたあなたには、もう言い訳は通用しません。なぜ給与を上げても社員が辞めるのか。なぜ研修を重ねてもエンゲージメントが上がらないのか。なぜ丁寧に設計した縦割り組織が、人を孤立させる機械として機能するのか。その構造的な答えを、あなたは既に手にしています。
残っている問いはただ一つ。「いつ動くか」です。
エンゲージメントの改善と離職率の低下は、確かに一朝一夕には実現しません。しかし誤解しないでほしいのは、それは「時間がかかる」という話であって、「今すぐ始めなくていい」という話では断じてないということです。組織のネットワーク構造は、放置すれば自然にV字へと退行する。人は楽な方向に流れ、部門の壁は高くなり、三角形の辺は静かに、しかし確実に細くなっていく。「様子を見る」という選択肢は、実質的に「悪化を容認する」という意思決定と同義です。
今この瞬間も、あなたの組織のどこかで、誰かが「自分はここに必要とされているのだろうか」と感じながら、転職サイトを開いています。その人を引き留める言葉は、昇給通知ではありません。「あなたのことを、あなた以外の誰かが知っている」という実感——三角形の中に自分の居場所があるという確信——です。それを設計するのが、人事のプロとしてのあなたの仕事であり、『トリニティ組織』はその設計図です。
エンゲージメントをスコアとして「測定」するだけの人事から、組織のネットワーク構造を「設計」する人事へ。その転換を果たした組織だけが、採用と離職のモグラ叩きから抜け出し、人的資本をB/Sに積み上げていくことができます。「つながり」は感情論ではなく、経営の根幹に置くべき構造論だ——この認識を、経営会議の中心に持ち込めるのは、今このページを読んでいるあなただけです。
論理は出揃いました。構造も見えました。処方箋も手の届くところにあります。あとは決断と、最初の一歩だけです。

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