売上が伸びているのに利益が残らないとき、真っ先に疑うべきこと
売上は確実に増えている。新規の問い合わせも切れていない。それなのに月末に通帳を見ると、手元に残る金額が去年と変わらない、あるいは去年より減っている。僕が九州で伴走している中小企業の社長で、この感覚を持っていない人は少数派です。
この状態で多くの経営者が最初にやることは決まっています。さらに売上を取りに行く。広告を増やす。値引きしてでも受注を確定させる。新しい商品を追加する。新しいエリアに出る。結果、来期の売上はまた少し増えて、利益はまた少し減ります。
竹田陽一・栢野克己『小さな会社 儲けのルール』が最初のページから繰り返し指摘しているのは、この挙動そのものが「強者のやり方」だということです。本書は冒頭で、経営を構成する8大要因のウェイトを示します。商品27%、営業関連(エリア・客層・営業・顧客)53%、組織13%、資金7%。つまりお客関連で80%、内部関連で20%。利益が残らないときに資金繰り表と格闘しても、そこで動かせる余地は全体の7%しかありません。動かすべきはお客関連、とりわけ「どこで・誰に・何を」売るかの設計です。
そしてその設計の原則を、本書はランチェスター戦略の視点で1冊使って説いています。要約すれば、弱者は絞れ、です。絞った先で1位になれ、です。
よくある勘違い:「広げる」ことが成長だという思い込み
売上が頭打ちになった経営者が取る打ち手はだいたい同じです。商品ラインを増やす。対応エリアを広げる。客層のハードルを下げる。業態を1つ追加する。これが「成長」として語られます。
本書はこの思考を正面から否定しています。「経営力のない小さな会社がやってはいけないこと」として、2つが名指しされています。商品の数を増やすことと、本業と関係ない事業への多角化です。竹田氏は企業調査会社勤務時に倒産した会社1600件を調査した経験から、本業とまったく関係のない事業に手を広げすぎている会社は業績も倒産率も悪い、と書いています。
その理由も本書は明快です。商品が変われば客層が変わる。客層が変われば売り方が変わる。ルートセールスと新規開拓、法人相手と個人相手、男性客と女性客では、営業トーク自体がまったく別物になる。全部できるスーパーセールスマンはめったにいません。「中小企業と屏風は広げると倒れる」という格言を、本書はそのまま引いています。
売上が伸びているのに利益が残らない会社は、たいていこの罠の入り口に立っています。売上が横ばいになると不安になり、商品を増やす、エリアを広げる、客層を広げる。結果、1つの商品の販売数は薄まり、営業はエリアを走り回り、顧客への対応は粗くなります。売上が少し増えて、利益が目立って減ります。
真因はここにある:弱者が勝てるのは「小さな1位」だけだという原則
『小さな会社 儲けのルール』の核心は、2500年前の中国の古典「戦国策」にある「鶏口となるも牛後となるなかれ」という言葉に集約されています。大きな市場でビリになるくらいなら、小さな市場で1位になれ。別に日本一や業界一でなくていい。自分の街の特定の客層、特定の年代でナンバーワンになれる領域を探せ、と本書は書きます。
真因①:強者と同じ土俵で戦っている
ランチェスターの第2法則は、戦闘力が兵力数の2乗で効いてくることを示します。自分の力が1で相手が0.5なら、実際の力関係は1対0.25で自分が圧倒的に有利。逆に相手が1で自分が0.1なら、2乗にすると自分は0.01。初めから勝てません。
本書の比喩を借りれば、人口の多い都会の駅前には歯医者が5軒も10軒もあります。よほどの腕か特徴がないと選ばれない。ところが、ある村でたった1軒の歯医者なら、村人はそこに行きます。売上が増えても利益が残らない会社は、自社が「駅前の10軒の1つ」になっているのに、「村で1軒」と同じ土俵のつもりで値付けと営業コストを組み立てている、というズレが起きています。
真因②:絞る勇気が足りない
本書が紹介する「ホームテック」は創業4年で年商25億円まで伸びた住宅リフォーム会社ですが、商品を「一戸建ての外壁リフォーム」1本に絞り、新しく出した店舗の営業エリアは車で往復30分以内に限定していました。川や大きな国道で分断されたラインでエリアを決め、そのラインを越えて営業・契約したら即刻クビ、という徹底ぶりです。
「そこまでやるのか」と思うかもしれません。しかし絞ったからこそ、商品知識の教育が5年10年から短縮され、塗料の仕入れが有利になり、エリア内での認知が圧倒的になった。絞ることは機会損失に見えて、実際には利益率の防衛そのものです。本書が繰り返すとおり、「商品3分に売り7分」。商品のウェイトは3割で、残り7割は「どこで・誰に・どう売るか」の設計です。
ここで僕が1つ補足したい:戦略の前に、経営者本人のやる気
本書の論理はこの順序で正しい。ただし現場で伴走していると、僕は本書が正面から扱っていないもう1つの前提を毎回確認します。経営者本人に、絞った先で勝ち切るだけのやる気・使命感があるか。これです。
1つの領域に絞るとは、他の選択肢を全部捨てるということです。捨てた選択肢は、絞った領域がうまくいかなかったときに取り戻せません。この恐怖を越えて最後まで踏み込めるのは、市場が美味しいからではなく、本人がその領域で勝ちたいと思っているからです。本書の戦略論は、この燃料が既に入っていることを暗黙の前提にして走り出します。僕が診断士として先に聞くのは、この燃料の有無です。燃料がないまま絞ると、絞った痛みだけが残ります。
処方箋:利益が残る構造に戻すための3つの手順
手順は本書が示す弱者の戦略をそのまま踏襲します。順序が大事です。
手順①:まず「1位になれる領域」を紙に書き出す
商品・エリア・客層のそれぞれで、今の自社が1位になれる切り口はどこか。本書の言葉を借りれば、自分の街の特定の客層、特定の用途、特定の業種で、小さな年商でいいから1位になれる場所を探す作業です。「地域で1位」「業界で1位」という大きな話ではなく、1万人の1位なら億万長者、1000人の3番以内でも独立可能というスケールで考える。本書はこの粒度で繰り返し語っています。
手順②:絞ると決めたら、切り捨てる案件と客を明文化する
絞るとは、既存顧客や既存商品を捨てることを含みます。これができない経営者がほとんどです。「このお客は昔からの付き合いだから」「この商品は一定の売上があるから」。この感傷に付き合っている間、本来投じるべき時間とカネが分散し続けます。本書が外壁リフォームに絞った「ホームテック」の事例を繰り返し引くのは、ここまで絞って初めて専門化のメリットが出るからです。
手順③:絞った領域の顧客を「お客が思っている以上のなにか」で抱え込む
本書が弱者の顧客戦略として提示する3ステップは、初めての人→お客→リピーター→ファン、です。そしてすべての鍵は「お客が思っている以上のなにか」をすること。本書が紹介する町の自転車屋のエピソードが象徴的です。ブレーキゴムの微調整を頼んだだけのお客に、店主が車輪全体のガタつきまで無料で調整し直す。「修理メンテは粗利ほぼ100%」と本書は書きます。大手量販店に新車販売で勝てなくても、修理と関係性で棲み分けられる。薄利多売の売上を追うより、粗利率の高い接近戦に時間を使う。これが利益が残る構造です。
支援現場でこの順序が効いた例
[[CASE_A]] 僕が2024年秋から継続支援している福祉施設の37歳・2代目経営者のケースです。コロナ前後に意欲的に複数事業へ拡大し、撤退した事業もあり、返済タイミングがバラバラの借入を抱えていました。設備借入の期間が短すぎて返済額が減価償却費を上回り、帳簿上は利益が出ているのに月次キャッシュフローが慢性的に圧迫される、典型的な「売上はあるのに手元にカネがない」状態。僕が同席した銀行交渉で国の借り換え一本化制度を使って1億弱を15年で引き直し、返済ペースが減価償却費と同等水準まで落ちました。月次キャッシュフローは約60万円改善。浮いたキャッシュを、人手不足で止まっていた主力事業の雇用拡大に回し、ここから本業のシェアを深掘りする順序に戻しました。本書の言葉で言えば、多角化で広げすぎた足を一度本業に戻し、絞った領域を育てる側に回った動きです。
[[CASE_B]] もう1件、2022年頃から定期的に関わっている人材派遣+イベント事業の経営者のケース。相談時は33歳で、「スキルのある人は集まるが愛社精神が薄い気がする」という組織の悩みから入りました。僕が最初に返したのはお金の話ではなく視点の転換です。「辞めないことを当たり前と見るか、社長の人徳と取り組みの成果と見るかで、経営判断は180度変わる」。この思い込みが外れてから社長は前に進めるようになり、2年で従業員数が3倍近くに伸びました。本書の戦略論が機能するために本書が暗黙に前提している「経営者本人のエネルギー」が、ここで初めて燃料として入った瞬間でした。絞る打ち手も広げる打ち手も、燃料が入った後でしか効かない、という実感が僕の中で一番濃いのがこのケースです。
もし「同業態を2店舗目にするか、新業態で挑むか」と相談が来たら
[[ADVISORY_A]] 仮に年商8,000万円規模の飲食業の経営者から「売上は伸びているが利益が残らない。2店舗目を同業態で出すか、新業態に挑むか迷っている」という相談が来たら、僕がまず聞くのはどちらの選択肢が代表者にとって幸せだと思うか、です。経済合理性から入らない。本書が「商品を絞れ、エリアを絞れ」と言うのは正しい。しかし絞った先で走り切るのは経営者の情熱であり、情熱が乗らない選択肢はどれだけ合理的でも失敗します。これが診断士としての初手です。
アドバイスの本体は次のとおり。経済合理性だけなら、商圏にパイがあれば同業態2店舗目のほうがリスクは低いと昨今は言われます。ただしそれは、経営者が同じ業態をもう一度運営することに情熱を持てる場合に限る。飲食業で挑むなら、同業態を量産するよりも、1つのコンセプトを軸に多業態で展開する設計のほうが賢いケースが多い。京都に「野菜」を軸にイタリアン/和食/炉端焼き/炭火焼きなどを展開する会社があります。1軒ずつ量産するのではなく、1本の軸で切って業態を分散させると、経営者の情熱が乗りやすく、同時にリスクヘッジにもなります。「同業態2店舗目がセオリー」という一般論を鵜呑みにすると、経営者本人のエンジンがかからない選択肢を選んでしまい、どれだけ合理的でも動き出しません。
本書の限界:戦略論としては強いが、燃料の話が薄い
『小さな会社 儲けのルール』は「売上ではなく、絞った領域での1位を作れ」という1点を事例で繰り返し叩き込む、中小企業経営者向けの数少ない実戦書です。僕はこの主張に9割同意します。そのうえで1つだけ補正したいのは、本書が戦略論に集中している分、戦略を動かす燃料である経営者本人のやる気・使命感にはほとんど触れないという構造的な余白です。ここは診断士として僕が補う部分。絞る痛みを越えるエネルギーがなければ戦略は動きません。本書を読み終えたら、戦略シートの前に、なぜ自分はこの事業を続けたいのかを30分だけ紙に書く時間を取ってください。
明日の一手:30分だけ、紙とペンで書き出す
明日、30分だけ時間を確保してください。そして紙とペンで次の4つを書き出します。
- 自分の会社が1位になれそうな小さな領域は、商品・エリア・客層のどれを絞った時か
- 絞るために切り捨てることになる案件・顧客・商品は具体的に何か
- その切り捨ては、どれくらいの売上と引き換えになるか(金額で出す)
- それでも絞りたいと自分が思う理由は何か(1行で書く)
1〜3は数字の話です。本書の戦略論の入口です。大事なのは4です。4が空白のまま1〜3を動かすと、絞った痛みだけが残って止まります。4が埋まっていれば、1〜3の精度は後からでも上がります。本書を読む前に、あるいは読んだ直後に、この30分を先に取ってください。
この記事の根拠と執筆背景
主要な参考書籍
本記事は竹田陽一・栢野克己 著『小さな会社 儲けのルール 新版』(フォレスト出版、2016年8月)を主要な参考書籍としています。特にプロローグの「経営8大要因のウェイト付け」(商品27%・営業関連53%・組織13%・資金7%)、儲けのルール1〜2の「弱者の基本戦略」「弱者の商品戦略」(鶏口となるも牛後となるなかれ/小さなナンバーワン/ランチェスター第2法則による2乗比)、「やってはいけない二つのこと」(商品数の増加と非関連多角化、中小企業と屏風は広げると倒れるの格言)、商品戦略成功例の「ホームテック」(一戸建ての外壁リフォームへの1点集中、営業エリア車で往復30分以内、エリアを越えたら即クビの徹底)、儲けのルール6「成功するお客の育て方」の3ステップ(お客→リピーター→ファン)と「お客が思っている以上のなにか」、町の自転車屋の「修理メンテは粗利ほぼ100%」のエピソードを参照しました。記事内の「経営者本人のやる気・使命感を戦略の前提として扱う視点」は本書原典にない筆者の拡張で、中小企業診断士として伴走支援の現場から加えた補正です。
引用した支援事例について
- 事例A: 福祉施設(37歳・2代目経営者・2024年秋から継続支援)。国の借り換え一本化制度を活用し、1億弱を15年で引き直し、月次キャッシュフローを約60万円改善した実例。社名・個人名は匿名化。
- 事例B: 人材派遣+イベント事業(相談時33歳・2022年頃〜定期コミュニケーション継続)。視点の転換支援により2年で従業員数が3倍近くに成長。社名・個人名は匿名化、具体金額は非公開。
想定相談ケースについて
「同業態2店舗目 vs 新業態展開」の想定相談ケースは、筆者が飲食業経営者から実際に受けている類型の相談を匿名化・一般化した思考プロセスです。特定の実在する企業・個人を指すものではありません。
執筆日・最終更新日
執筆: 2026-04-22 / 最終更新: 2026-04-22(原典ベース全面リライト)
著者について
枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士、複数法人経営者。九州中心に経営改善・資金繰り改善・事業承継の伴走支援を実施。

コメント