「管理職になりたくない」気持ちと戦略的判断の境界線|中小企業診断士の視点

キャリア・複業

「管理職になりたくない」という気持ちは、それ自体は悪くない

「管理職になりたくない」という声は、サラリーマンからよく聞きます。部下のミスを背負い、上と下から板挟みにされ、残業代も出ないのに責任だけが増える。喜んで引き受けたいと思う人が少数派なのは、現場を見ていれば納得できる話です。

ただ、ここから先が分岐点です。

「管理職になりたくない」という感情と、「だから現状維持でいい」という判断を、無意識に重ねていないか。この重なりが、じわじわとキャリアを蝕みます。

僕は複数法人を経営する中小企業診断士として、管理職を任命する側に立っています。同時に、伴走支援する会社の従業員とも日常的に話します。「管理職になりたくない」という声は、双方の立場から繰り返し聞いてきました。その上で言うと、この気持ち自体は悪くない。問題は、その結論に至るまでの思考の質です。

なぜ、管理職になりたくないのか

「責任が重くなる」「部下の管理が面倒」「プレイヤーとして働きたい」——よく聞く理由です。どれも嘘ではありません。ただ、深掘りすると、多くの場合「管理職の仕事を、まだ一度もやったことがない」という事実に行き着きます。

未経験のことを「やりたくない」と断言するのは、メニューを見ずに「この料理は嫌いだ」と言うのに近い。これは意思決定ではなく、思考の回避です。

「昇進を断ったら評価が下がるか」「このまま平社員でいるリスクは何か」「他にどんな選択肢があるか」——この問いに、自分の言葉で答えられるか。感情ではなく、具体的な数字や事実で。ここが答えられないなら、まだ判断材料が揃っていません。

「管理職=キャリアのゴール」も幻想

一方で「管理職になることがキャリアの成功だ」という固定観念も、別の呪縛です。年功序列型の昭和型会社文化が作り上げた幻想に、今も縛られている人が多い。

管理職になったからといって、自動的に年収が跳ね上がるわけではありません。マネジメントに向いていない人が管理職になれば、チームの成果は落ち、本人も消耗します。管理職という肩書きは、適性が合わなければ成長を鈍らせる要因にもなり得ます。

だから「管理職になりたくない」という感情そのものは、必ずしも間違いではない。問題は、その感情を「正しい思考のプロセス」を経た結論かどうか、この一点です。

思考停止は、キャリアの最大リスク

「なりたくない」で思考を止めること。「なるべきだ」という同調圧力に流されること。どちらも、自分の頭で考えることを放棄している点では同じです。

今、漠然と感じている「このままでいいのか」という不安は、正しい直感です。その直感を、行動に変えるための思考の道具が必要です。

書籍『こうやって、すぐに動ける人になる』は、この「思考停止」に対して具体的な思考の型を提示してくれます。本書の第25項では、管理職になることを単なる「役職の変化」ではなく、「人間としての成長機会」として再定義する視点が紹介されています。

「管理職になりたくない」でも「なりたい」でも構わない。ただ、その結論に至るまでの思考の質が、10年後のキャリアを分けます。

「管理職か、現状維持か」という二択思考の正体

「思考停止」という言葉の中身を、もう少し解剖します。

本書は「思考停止」「情報過多」「行動不足」という3つを、すぐ動けない人の共通項として挙げています。キャリアで立ち尽くしている人の多くが、このどこかで詰まっています。

思考停止:会社が用意したレールの上で悩んでいる

「管理職か、現状維持か」という二択しか見えていない時点で、思考は止まっています。

なぜか。その二択の枠組み自体が、会社が用意したレールだからです。「昇進するか、しないか」——この問いを設定したのは自分ではなく、会社の人事制度。その問いを疑わずに受け入れ、その中で悩むのは、出題者の意図通りに動いているだけです。

会社に言われたことだけをこなし、与えられた選択肢の中だけで悩む。これは安全に見えて、実はリスクが高い生き方です。レールを敷いている会社が方針を変えた瞬間、自分の手元には何も残りません。

情報過多:検索すればするほど、行動から遠ざかる

「管理職 メリット」「管理職 なりたくない」——こんなキーワードで検索したことはあるはずです。結果、「管理職になるべき5つの理由」と「管理職になるべきでない5つの理由」が同じ画面に並んでいた、という経験も。

情報は多ければ判断が明確になる、というのは誤解です。文脈のない情報は、判断の材料にならない。ネットの記事は、あなたの会社の規模も、職種も、強みも知りません。その情報をそのまま自分に当てはめようとすること自体に無理があります。

行動不足:「動かないリスク」を計算していない

「管理職を断ったら評価が下がるかも」「副業を始めて失敗したら」「スキルを身につけても続かなかったら恥ずかしい」——こういった思考が頭を占領している間、人は動けません。

ただ、冷静に聞いてほしい。「動かないこと」のリスクを、一度でも計算したことがあるか。

仮に今35歳で、定年が65歳だとする。残り30年、思考停止のまま会社のレールを走り続けた場合のリスクと、今すぐ一歩踏み出して失敗した場合のリスク。どちらが大きいか。行動しないコストは毎年確実に積み上がっています。見えにくいだけで、着実に計上されています。

「他責」は痛みを麻痺させるだけ

「うちの会社は管理職になっても給料が上がらない」「上司が優秀じゃないから、自分も評価されない」——これらの言葉が自分の口から出ることはないか。

本書は「他責脳の人と距離を置け」と書いています。これは対人関係だけでなく、自分自身の思考パターンに他責が宿っていないかを問う言葉として読むべきです。

会社のせい、上司のせい、時代のせい。それらは事実かもしれない。ただ、他責は現実を分析する行為ではなく、思考を止める麻酔のようなものです。麻酔が効いている間は痛みを感じないが、問題は何も解決していません。

「自責脳」への転換とは、自分を責め続けることではありません。「自分が変えられることは何か」を問い続けること。会社の制度は変えられなくても、自分のスキルは磨ける。上司の評価基準は変えられなくても、自分の市場価値は高められる。

「管理職か、現状維持か」で悩んでいる人が本当に問うべきは、「どちらを選ぶか」ではなく、「なぜ、その二択しか見えていないのか」です。

「思考のコツ29」が示す、3つの具体的な処方箋

診断だけで処方箋を出さない本は、評論で終わります。ここからは具体的に動く話を。

本書の核心は、「雇われの身であっても、考え方だけ『起業家』になればいい」という一文に凝縮されています。この視点が、管理職という一本道しか見えていなかった視野を広げます。

処方箋1:「起業家思考」をインストールする

誤解のないように書くと、「起業家思考」は「会社を辞めてリスクを取れ」という話ではありません。「自分の市場価値を、自分の頭で管理する」という思考回路を持つことです。

サラリーマン思考の人は、給料を「会社からもらうもの」と捉えます。起業家思考の人は、給料を「自分が提供した価値の対価」と捉える。この認識の違いが、キャリアの設計図を根本から変えます。

稼ぎ方の選択肢を複数持つ

「起業家思考」を持った瞬間、稼ぎ方の多様性が見えてきます。社内で専門性を極める道、副業で外部市場にスキルを試す道、フリーランスで複数クライアントと取引する道、転職で市場価値を一気に換金する道。どれも「管理職」という一本道の外にある選択肢です。

重要なのは、どの道を選ぶかよりも「自分の強みが外部市場でいくらの値段がつくか」を常に把握しておくこと。これを知らずに社内の給与テーブルだけ見ていると、自分の本当の市場価値を見誤ります。

スキルは意図的に磨かなければ目減りする

市場価値は、自然には上がりません。意図的に投資しなければ、確実に目減りします。

起業家思考で問うべきは「このスキルは、今の会社以外でも通用するか」。この問いを持って磨かれたスキルだけが、本当の意味での「資産」になります。

処方箋2:行動量を増やす(計画に時間をかけすぎない)

本書は「P(Plan)は10のうち1のエネルギーしかかけなくていい」と書いています。完璧な計画を立ててから動こうとする人は、結局動けません。計画は、行動によって初めて検証され、改善されます。

60点で出して、フィードバックで直す

「準備が整ってから」「もう少し勉強してから」「タイミングを見て」——これらは、行動しないことの理由を丁寧に包んだだけのことが多い。

60点の出来でいいから、まず市場に出す。副業なら最初の1件を取りにいく。スキルアップなら最初の1講座を申し込む。転職なら最初の1社に応募する。その60点の行動から得られるフィードバックが、次の70点への道を教えてくれます。

失敗を「データ」として扱う

PDCAを「高速で回す」とは、失敗を「損失」ではなく「データ」として処理する思考回路を持つことです。一回の失敗で止まる人は、PDCAのCとAを捨てているだけです。

処方箋3:自己投資を徹底する

本書は「金を払って解決できることは金を払って解決しろ」と言い切っています。

自己投資を渋る人の本音は、「お金がもったいない」ではなく、「成果が出なかった時に恥ずかしい」という自己防衛のケースが多い。お金を払わなければ、「本気でやっていなかっただけ」という逃げ道が残る。この逃げ道を用意し続けると、成長は起きません。

本・講座・交流への投資

「本を読む時間がない」と言う人に聞きたいのは、スマホを見ている時間はゼロか、通勤時間に何をしているか、昼休みの30分をどう使っているか。

時間がないのではなく、優先順位が低いだけです。書籍1冊に使う1,500円と3時間が、今後30年のキャリアに与える影響を考えれば、投資対効果は十分に高い。

付き合う人を選ぶ

本書が「他責脳の人と距離を置け」と書く裏側にあるのは、「誰と近づくべきか」という問いです。答えは「自分が5年後になりたい姿を、すでに体現している人」。環境は、意志よりも強い。モチベーションを「維持する」という発想より、「モチベーションが自然に湧く環境を設計する」という発想の方が、現実的に機能します。

本書の限界と、中小企業・個人事業主への応用

この本は一般的な会社員向けに書かれています。中小企業や個人事業主のように、そもそも「管理職」という概念がはっきり存在しない組織で働く人も多い。その場合でも、本書の核心である「自分の市場価値を管理する」という視点は応用できます。

僕が伴走支援している中小企業でも、「管理職になるか」ではなく「この会社でどこまで自分の裁量を広げるか」「この会社を辞めたら何ができるか」という問いで悩んでいる人がいます。本質は同じです。自分の市場価値を、他人任せにせず、自分で設計する。ここが起点になります。

一方、本書があまり触れていない論点もあります。「起業家思考」に全振りできる人ばかりではない、という現実です。家族の事情、健康、地域のしがらみ——人によっては、市場価値を最大化する以外の制約条件を持っています。そうした場合、「起業家思考」は一部分だけ取り入れる、という現実的な使い方もあり得ます。

明日の一手:30分だけ、紙とペンで

ここまで読んでくださった方へ。

明日、30分だけ時間を取ってください。紙とペンで、次の3つを書き出します。

  1. いまの会社でなく、別の会社で同じスキルを売ったら、月収はいくらか(概算でOK)
  2. その見積もりを出せない場合、何を調べればわかるか(求人サイト1つでOK)
  3. 調べた結果、差があったとして、その差を埋めるために今週できることは何か

これだけで、キャリアの判断は「感情」から「事実」に一段近づきます。本書の「処方箋」を飲む前に、自分の体温を測っておくイメージです。

本書は、この測定の先にある思考の道具箱として役立ちます。ただ、測定しないまま道具だけ買っても、使いどころがわからない。順番は、まず自分の位置を知ること。それから本書を開くこと。

「管理職になりたくない」という感情は、正しく扱えば戦略の起点になります。感情を思考停止の言い訳に使うか、新しいキャリア設計のエネルギーに変えるか。その分岐点が、いまこの瞬間にあります。

この記事の根拠と執筆背景

主要な参考書籍

本記事は『こうやって、すぐに動ける人になる』の内容を参照しています。特に「思考停止・情報過多・行動不足」の章と、第25項の管理職観の再定義部分を引用しています。

著者について

枝元 宏隆(えだもん)。中小企業診断士、複数法人経営者。経営者として管理職を任命する立場と、伴走支援する会社の従業員と話す立場の両方から、この記事を書いています。

執筆・最終更新

執筆: 2026-04-19 / 最終更新: 2026-04-19

えだもん (中小企業診断士)

クアラルンプールを拠点に活動する、年間200冊以上本を中小企業診断士。 表面的な理論だけではなく、得た知識をビジネスで実践するのが信条。

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